2016年3月16日水曜日

新美南吉 自筆版「ごんぎつね」の魅力 その7 ~鈴木三重吉という人~

 では、鈴木三重吉氏とは、どのような人物なのでしょう。


 鈴木三重吉氏は、1882年(明治15年)生まれ、広島県出身で東京帝国大学英文学科卒。夏目漱石の門下生。童話雑誌「赤い鳥」を創刊し、日本の児童文化運動の父とされています。
 「赤い鳥」の発刊については、かなりのご苦労があったようで、有名作家に原稿を依頼しても、童話なんて誰も書いたことがないという時代で、なかなか原稿が集まらなかったそうです。で、ゴーストライターに書かせて、名前だけもらったとか・・・。何でも最初に始めるというのは、大変なことみたいです。あと、かなり酒癖の悪い方だったそうですけど、それはここでは関係ない話ですね。

 三重吉氏がどのような文章を書いていたのか、気になるところです。ネットにある作品の中で、どれを選べば良いのか、全然検討もつかないんですけど、とりあえず、これにしました。
 鈴木三重吉氏の代表作「千鳥」の一部分です。夏目漱石が絶賛し、雑誌「ホトトギス」に掲載されたという、氏の出世作になります。

【すると、いつの間にか、年若い一人の婦人が自分の後に坐っている。きちんとした嬢さんである。しとやかに挨拶をする。自分はまごついて冠を解き捨てる。婦人は微笑ながら、
 「まあ、この間から毎日毎日お待ち申していたんですよ」
という。
 「こんな不自由な島ですから、ああはおっしゃってもとうとお出でくださらないのかもしれないと申しまして、しまいにはみんなで気を落していましたのでございますよ」
と、懐かしそうに言うのである。自分は狐にでもつままれたようであった。丘の上の一家の黄昏に、こんな思いも設けぬ女の人がのこりと現れて、さも親しい仲のように対してくる。かつて見も知らねば、どこの誰という見当もつかぬ。自分はただもじもじと帯上を畳んでいたが、やっと、
 「おばさんもみんな留守なんだそうですね」
とはじめて口を聞く。
 「あの、今日は午過ぎから、みんなで大根を引きに行ったんですの」
 「どの畠へ出てるんですか。――私ちょっと行ってみましょう」】

 いかにも明治の文学ですよね。で、一番気になったのは、一文がやたら短いんですよね。「何がどうした」「何がどうした」「誰が何と言った」って感じで文が続いていきます。表現も明確で、何より主語と述語の関係がはっきりしています。
 もう1つは、「と」が多い。「と、言いました。」とか「と、その時」という表現を好んで使っています。これは沢田保彦氏も指摘されているところで、「ごんぎつね」についても、自筆版に元々な無い「と」が、赤い鳥版では加えられていて、こういうところに、添削者の癖が出ているように思います。

 こういう分析があっているのかどうか自信は無いんですけど、三重吉氏の文体は、氏が英文学者であったということが関係しているように思えます。氏の文章には、英文の翻訳文のような印象があります。情景描写についても、1つ1つの文がクリヤーで、たたみかけるように書いている。ちょうどスライド写真を見ているかのようです。
 それに対して、新美南吉氏の文章のイメージは、ほんわかした感じで、暖かみのある文章です。ただ、ピンぼけ写真みたいなところがあって、何が言いたいのか分からないときもあるし、その表現必要なのかなって思うものもあったりします。

 歌に個性が出るように、文にも個性があります。例えば、僕の文章は、一文がやたら長くって、文末をこねくり回します。だから、この文を誰かが添削してくれたら、きっと文を分割して、語尾をはっきりさせてくれると思います。きっと読みやすくって分かり易い文になるでしょうが、それはもう、僕の文章ではないですよね。例え、書いてある中身が同じであったとしても。

 そういう観点を持って読んでいくと、赤い鳥版の「ごんぎつね」には、あちらこちらに、三重吉氏らしさが出ています。それは氏が添削をしている以上致し方のないことです。もちろん、三重吉氏は、「ごんぎつね」のストーリーを改ざんしているわけではありませんから、ストーリー展開を追って読んでいる限りは、三重吉氏の文体であろうが、南吉の文体であろうが、あまり気にならないのかもしれません。
 しかし、赤い鳥版「ごんぎつね」を他の南吉作品と読み比べたときに、何となく感じる違和感は、そのせいではないのかって、僕は推理しているんです。

 僕は、自筆版「ごんぎつね」が広く世に紹介されていくことを望んでいます。自筆版の絵本が出版されることを望みます。また、既存の絵本には、巻末に資料として自筆版を掲載すべきです。こちらは、かなり実現可能なことだと思います。
 自筆版が単なる下書きや草稿だったら、こんなことは考えませんけど、赤い鳥版に他人の手が入っていることが明らかな以上、2つの権狐は、少なくとも同等に扱われるべきだと思っているんです。

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