2017年12月29日金曜日

「淋しい熱帯魚」と1989年レコード大賞選考問題

 今年も残すところわずかになりました。今年のレコード大賞は、「乃木坂46」が最有力とのことですが、レコード大賞は楽曲に与えられるものですから、「インフルエンサー」が有力というのが正しい言い方でしたね。で、どんな曲でしたっけ?

 まあ、正直、どうでも良くなってしまいましたね。放送日が12月30日に移ってからは、特にそう思います。僕が子どもの頃は、大みそかの夜のレコード大賞と紅白歌合戦は一大イベントでしたけど、紅白はともかく、レコ大の凋落振りは目に余るものがあります。昨年は、買収疑惑でケチをつけましたけど、今時、そこまでして欲しいものだったのかって知ったことのほうが驚きでした。

 で、レコード大賞の歴史を語る時、外せない出来事の1つが、1989年の「美空ひばり」VS「Wink」だと思います。

 1989年は、紅白歌合戦の放送時間が繰り上がって、レコード大賞と被った最初の年でした。この年の視聴率はイッキに14%に落ち込み、現在まで視聴率は10%台に留まり続けています。多くの評論家さんも、この時をレコード大賞の凋落の始まりとみているようです。

 さて、今でこそ、「川の流れのように」といえば、美空ひばりの代表曲で、レコード大賞を獲るのは当然だったのでは、というイメージがありますが、「川の流れのように」が世間に広まっていったのは、彼女の死後のことで、オリコン順位も35位にすぎません。リアルタイムで、美空ひばりが「川の流れのように」を歌っている姿を見たなんて人は、ほとんどいなかったのではないでしょうか。美空ひばりといえども、すでに過去の歌手だったわけです。

 1989年のオリコン順位は、次のようになっています。

1位 Diamonds                 (プリンセス・プリンセス)
2位 世界でいちばん熱い夏   (プリンセス・プリンセス)
3位 とんぼ                    (長渕剛)
4位 太陽がいっぱい                (光GENJI)
5位 愛が止まらない                (Wink)
6位 恋一夜                            (工藤静香)
7位 淋しい熱帯魚                   (Wink)
8位 嵐の素顔                         (工藤静香)
9位 黄砂に吹かれて                (工藤静香)
10位 涙をみせないで                (Wink)

 えっ「工藤静香」ってこんなに凄かったんですか!

 「プリ・プリ」も「長渕剛」も「工藤静香」もレコード大賞にはエントリーしてませんから、データ的には、「Wink」と2年連続となる「光GENJI」の一騎打ちだったと云うことになります。この年、Winkは「有線大賞」も獲ってましたから、レコード大賞受賞というのは、極めて順当なことだったわけです。

 ところが、僕も含めて、世間はこの年の6月に亡くなった「美空ひばり」が獲るものと思っていました。偉大な歌手「美空ひばり」を半ば強引にエントリーした以上、獲らないということは考えられませんでした。

 鈴木早智子さんの自伝「負けじ魂」によると、年の暮れのある日、社長室に呼ばれた2人は、美空ひばりに決まっているから、と告げられたとありました。美空ひばりさんが受賞することに異存は無かったけれど、事前に決まっていると知ってショックを受けたそうです。
 事務所の社長さんが、どのくらい確かな情報として知ったのか分かりませんけど、普通、こういうことって、本人たちには言わないでおくものですよね。まあ、そのくらい、社長さんとしても納得がいかなかったということでしょうか。
 獲れないと事前に分かっている以上、授賞式当日は、この後の紅白歌合戦のことで頭がイッパイだったとありました。で、突然の受賞で、何が何だか分からないままに、歌ってエンディングだったそうです。


 僕も、この動画を見たときに、彼女たちが全然泣かないんで不思議だったんですよね。当時、泣かなかったのは、事前に知っていたからだと言われたそうです。まあ、知っていたには違いありませんけど、「獲れないことを知っていた」というのがホントのことみたいです。紅白出場のため、NHKへと向かうタクシーの中で、ようやく感情がこみ上げてきたとありました。

 主催者側の思惑に反して、Winkが受賞した理由については、全国のTBS系列局の票が一斉にWinkに流れたためと云われています。そもそも、受賞しても本人は不在なんていうのは、テレビ的にも無理な話だったわけです。
 ところが、美空ひばりという日本歌謡界の功労者を退けての受賞は、世間の反発を買うことになりました。翌日のスポーツ紙は、こぞって、レコード大賞の選考問題をとりあげ、Winkの受賞を讃えた記事は、ほとんど無かったと云います。

 では、1989年のレコード大賞は、誰が獲るべきだったと云うのでしょうか。この年、大ブレークしたWinkに、かつての「ピンクレディー」を重ね見た芸能関係者も多かったはずです。結局、Winkしか有り得なかったのです。
 間違いは、美空ひばりをノミネートしてしまったことにつきます。このことで、美空ひばりには恥をかかせ、Winkは世間から冷ややかな目で見られ、レコード大賞の権威は完全に失墜してしまったのですから。

 この後の展開を考えると、レコード大賞など獲らなかったほうが良かったのではないかと考えるWinkファンも多いようです。しかし、レコード大賞がWinkに恩恵を与えてくれたのも事実。鈴木早智子さんの自伝によれば、Winkが活動停止になった90年代後半も、地方へ営業に行ってWink時代の曲を歌えば、歩合で100万円近くもらえたそうですし。

 レコード大賞の運営側は、低迷の事態を打開すべく、1990年からは、「演歌・歌謡曲」部門と「ポップス・ロック」部門に分けて表彰をする形に変更しますが、魅力と権威を取り戻すことはできませんでした。さらに、演歌系アイドルユニット「忍者」のエントリーをめぐるトラブルにより、ジャニーズ事務所が賞レースから撤退してしまいます。ジャニーズといえども、必ず獲れるわけではないし、また、獲っても以前ほどのメリットが無くなったから、というのが撤退のホントの理由のようですが、「風が吹けば桶屋が儲かる」的に云えば、「SMAP」や「嵐」がレコード大賞をとっていないのは「Wink」がレコード大賞をとったから、と云えなくもありません。
 
 もはや、その役割を終えたとされる「レコード大賞」。昨年の「星野源」のように、大本命とされながらも辞退してしまうアーティストも後を絶ちません。
 しかし、歌番組で、視聴率15%というのは、何だかんだ云っても大変なことですし、やるんだったら、盛り上がって欲しいというのが、僕の想いであります。

 というわけで、お終いは「インフルエンサー」。


 なるほど、こういう曲でしたかw
  「あにめちゃんねる」さんの調教も、「Karaoke Channel」さんの伴奏も素晴らしい。

 なんだか、明日が楽しみになってきました。久し振りに見てみましょうか。本物はもっと良いんでしょうから。

2017年12月25日月曜日

松浦亜弥 マニアックライブvol.4 2002年編

 2曲目は、2002年の楽曲になります。2002年は、ファーストコンサートライブとか、「桃色片思い」「めっちゃホリデー」のリリースがあったりして、「あやや」が全国的に知れ渡り、国民的アイドルへの道を邁進していた年になります。
 アイドルは、(するなら)デビュー2年目にブレイクするというのが、一般的ですけど、「あやや」も一番輝いていたのが、この2002年だったのではないでしょうか。

 昼の部では「YOKOHAMA SING A SONG」、夜の部では「遠距離の恋愛」を歌っています。昼の部で、ファンに「ハッピーになれる曲と悲しい曲とどっちがいい?」って聞いて、「ハッピー」と答えたところ「YOKOHAMA SING A SONG」を歌いました。夜の部は、質問無しで「遠距離の恋愛」を歌いましたから、昼の部で「悲しい」と言われたら「遠距離の恋愛」にするつもりだったんでしょう。

 この他に可能性があるとすれば、「めっちゃホリ」のカップリングの「つまんないよ」とか、「草原の人」・・・は無いですね。結局、この2曲しか選択の余地は無かったってことでしょうか。ファーストアルバムからもOKとすると、「そう言えば」「私のすごい方法」「S君」「初めて唇を重ねた夜」などが考えられそうです。

「YOKOHAMA SING A SONG」は、「草原の人」のカップリングです。ミュージカル「草原の人」からのリリースで、ミュージカルテイクはYouTubeにも投稿されています。16歳のアイドルには、背伸びしすぎの歌詞ですから、似合っているとは言い難く、まあ、頑張っていると云うことにしておきましょう。この楽曲は、2006 年秋の「進化ノ季節…」ツアーで歌っていて、こちらは雰囲気的にも年齢的にもバッチリのテイクになっています。


 マニアックライブでのテイクは、2006年と違った、抜いた感じが良い具合に「お洒落」に感じさせてくれるように思います。これについては、バックバンドの方々を絶賛すべきでしょう。
 歳を重ねるにつれて味が出てきて、30歳になっても、40歳になっても(その気になれば)お似合いの曲に思います。


 「遠距離の恋愛」は、「桃色片思い」のカップリングですね。幻想的で、幼い恋をテーマにした地味な曲ですけど、ライブやアルバムの中に1曲あると素敵な効果があるように思います。この歌は「想いあふれてツアー」八王子公演のアコースティックコーナーで披露していたようで、音源は「korou」さんのブログで聴くことができます。歌唱的には素晴らしいと思いますが、「本当は好きなのに、引っ越ししてしまうから、ワザと嫌いなふりをする」なんて歌詞は、15歳でなければ似合いませんし、2009年当時のグイグイくるような歌唱法では、尚更に思います。


 ところが、このライブではイイ感じで力が抜けていて、素直に聴くことができます。15歳の時にライブで歌ったという記録がありませんので、CD音源と比べるしかありませんけど、それと比べても、なかなかのベストテイクに思います。
 ところが、最後の最後にふざけています。台詞を言うのが厭なら言わなければいいだけの話ですし、2009年のツアーでは台詞を言ってないように思います。まあ、音源だけを聴いているだけなら、誰が台詞を言おうと違和感はありませんし、ファンクラブイベントですから良いんですけどね。
 で、この時に「菊ちゃん」に話をふってますけど、菊池氏は、明らかに、ムッとしてますよね。絶対、怒っていると思いますw
 YouTubeの再生リストに編集機能があったときは、最後の台詞の部分をカットして載せたりできたんですけど・・・まあ、この歌唱とのギャップが松浦亜弥の魅力と云えばそうなんでしょう。

 2002年の2曲は、アコースティックバンドならではのお洒落な雰囲気と、松浦亜弥さんの歌唱がマッチしていて、リリース当時にも勝るようなテイクになっていると思います。

2017年12月17日日曜日

松浦亜弥 マニアックライブvol.4 2001年編

 「マニアックライブ」は、21歳からの6年間で5回開催されたファンクラブイベントでした。己の才能の上に思いっ切りあぐらをかき、その場の気分で曲を決め、歌詞カードを「ガン見」しながら歌うというカラオケ状態。演奏される楽曲は、90分間でわずか10曲ほど。ノーリハーサルであることを広言する様は、テスト前の女子中学生の「私、ぜ~んぜん勉強してないの」と同レベル。本来ならば、オマケ程度のイベントのはずが、仕事らしい仕事をしなくなった後期においては、まさに一大イベント。
 このライブが、バンマス「菊ちゃん」こと菊池真義氏の包容力によって支えられていたことは、ファンの皆様ならご承知のことと思います。当時のファンブログにも「マニアックライブは、亜弥さんに気持ちよく歌ってもらうためのイベント」という記述がありました。(何だそれw)並の歌手なら、とうに見放されていたであろう状況において、このようなライブが成立していたことは奇跡であり、以上のことは、全て松浦亜弥さんに対する僕の敬意の表れと読み取っていただければ幸いです。

 全5回のライブの中で、vol.1は未だマニアックライブの形式が整う前でしたし、vol.5は、バンド構成や座って歌わない(立たないと歌えない)など、質的に異なる雰囲気がありますから、いわゆる(?)マニアックライブというと、vol.2からvol.4までの3回が対象になると思います。
 で、この3回の中で、どれを一番に評価するかというのは、ファンによって分かれるところと思います。充実した歌唱力のvol.2でしょうか、それとも大人の魅力たっぷりのvol.3でしょうか。
 僕は、どれか1つと云うとvol.4になります。彼女が云うところの「腑抜けな感じ」とアイドル時代の楽曲のセルフカバーがイイ感じにマッチしていて、歌手松浦亜弥の1つの到達点と感じるからです。

 2012年2月5日に赤坂ブリッツにて開催された「マニアックライブvol.4」の様子は、ファンブログのレポート記事で伺い知ることができます。それによるとライブには出演していない「梶やん」も会場に来ていたようですね。
  このライブの特徴は、年数ごとに楽曲を追っていくと云うところにあります。昼と夜とでセットリストを変えていますから、それぞれの年毎に2曲ずつセレクトしていることになります。この若さで人生を振り返るかのような態度はいかがなものかと思いますが、結果的に、アイドル時代の楽曲のセルフカバーを披露してくれたことになったことは嬉しい限りです。

 オープニングは、デビューした2001年の楽曲で、昼の部が「待ち合わせ」、夜の部が「夕暮れ」となっています。そのために作ったかのようなタイトルですね。

 「待ち合わせ」は、デビュー曲「ドッキドキ!LOVEメール」のカップリング曲。ファーストコンサートツアーでは、ブランコに乗って歌っていましたけど、その後のライブでは、歌うことがなくって、2008年のファンクラブイベントで歌ったのが2度目だったようです。2009年「想いあふれて」のリクエストコーナーで歌ってからは、2013年のマニアックライブでも歌うなど、大人になってからはよく歌われるようになりました。ファーストコンサートでのテイクは別格として、その後のテイクの中では、このvol.4が一番のイイ感じに思います。


 夜の部での「夕暮れ」は、セカンドシングル「トロピカール恋してーる」のカップリング曲。2008年のライブでも歌っていますけど、やはりこっちの方が、雰囲気的にもバッチリの歌唱に思います。このテイクを聴いただけでは、14歳のアイドルの持ち歌だったなんて信じてもらえないのではないでしょうか。


 ファーストアルバムのリリースは、2002年1月1日ですから、それらの収録曲を対象外とすると、セレクトされる可能性があったのは、他には「LOVE涙色」と「100回のKiss」の両スローバージョンってところだったと思います。まあ、アイドルソング封印って気分だったでしょうから、「待ち合わせ」と「夕暮れ」以外に選択の余地は無かったと云えますが、にしては、お誂え向きの楽曲に思います。

 「待ち合わせ」も「夕暮れ」もカップリング曲とは云え、14歳のアイドル歌手は、若干背伸び感がありました。だから、リリース当時も、そして、このマニアックライブの時も、楽曲自体は年齢不相応なんだろうけど、その時の解釈に応じて歌い熟していて、僕が想うところの松浦亜弥の魅力っていうのが此処にあるわけです。

2017年12月10日日曜日

インフルエンザへの現実的な備えとは

 インフルエンザへの備えとして、まず考えるのが予防接種です。ところが、今年は、インフルエンザのワクチンが不足しているとのこと。で、原因を検索してみました。すると「卵馴化による抗原変異が起り難いとされて製造が始まっていた株が、増殖効率が悪いということが分かって、改めて別の株で作り直しているため」と出てきました。
 まあ、有精卵だってインフルエンザウイルス株だって生き物ですから、人間の思い通りにはなりません。有精卵はウイルスに増殖して欲しくありませんし、ウイルスだって抗体なんか作って欲しくありませんから、お互い折り合いをつけて共存しようとするわけです。でも、それじゃあワクチンが作れませんから、その年に流行りそうなウイルスで抗原変異を起こさなそうな奴をセレクトして、ワクチン製造をしているそうです。ところが、今年選んだ奴がトンデモ無い怠け者で、通常のウイルスの7割しか増殖しなかったらしく、このままじゃあ、予定通りのワクチンが製造できませんから、別の株を使って作り直しをすることになったみたいです。
 ですから、ワクチンは、不足しているというよりも、やり直した分、製造が遅れていると云った方が正しいのかもしれません。

 さらに、このことがニュースになって流れると、一気に需要が高まって、不足に拍車がかかってしまいました。数量限定と云われると購買意欲が高まるという消費者心理ですね。

 僕も、数年前から世間の流れに乗って、インフルエンザの予防注射をしていますが、いつもやっている病院が、成人の接種お断りになってしまいました。で、近所の医院を検索しましたら、ホームページに「本日ワクチン入荷。在庫あります」って出ているんですよ。それで、のこのこ行きましたら、「本日の分は終了しました」って張り紙が・・・。家に帰って改めてホームページを見ましたら、「次回入荷予定は11日です」って。僕が出かけている間に更新してたみたいです。そのうちに「在庫あと3本」とか表示されるのではないかと、もう完全にAmazonです。

 で、予防接種は、自由診療ですから、価格の設定は医院ごとに違います。僕の近所で調べましたら、完全予約制のところが4,300円。近日入荷で先着順のところが3,300円。当分の間老人優先のところが2,500円となっていました。まるで相談しているかのような、見事な価格設定です。
 
 まあ、2,500円のところで受けようかと思います。ですから、「しばらくはインフルエンザに罹らないように気をつけます」って云いたいところですが、僕は、インフルエンザから逃れる手立てなど無いと考えております。インフルエンザウイルスに対しては、手洗い・うがい・マスクの効果は、無病息災のお守りとほぼ同等です。頼れるのは自己免疫力のみ。
 ですから、インフルエンザに備える第一は、自己免疫力を低下させないように心がけることですが、これまた、具体的な手立てなど、あってないようなものです。

 となると、備えとは、罹らないようにするのでは無くって、罹ったときに困らないように段取りをしておくことになります。地震の備えと同じです。日本に住んでる限り、地震に遭わないように気をつけるなんて無理なこと。予知もほぼ不可能とあれば、備えとは、起きたときに困らないようにすることです。
 「インフルエンザに罹ったので、明日から休みますから、予てからの手筈通りに、あとは宜しく。」というのが、理想的で最も現実的なインフルエンザへの備えと云えます。

 それに、熱が下がってますけど、念のためにあと2日休みます。なんて最高のバカンスじゃないですか。何をして過ごしましょうか。それらも併せて、今のうちから計画を立てておきたいと思います。

 この、いつ休んでも大丈夫という安心感(備えあれば憂い無し)こそ、自己免疫力を低下させない手立てであります。

2017年12月8日金曜日

山下達郎「クリスマス・イブ」とJR東海「X'MAS EXPRESS」

 今年もこのネタ、使わせていただきます。

 まずはこちらから。


 結婚式の披露宴で流された映像みたいです。何年か前まで、このような動画を余興で流すのが流行っていたようですね。YouTubeにもたくさんの類似作品がアップされていますが、これは抜群のデキです。カメラワークも素晴らしい。
 では、どのくらい完コピできてるか検証してみましょう。CM女王「牧瀬里穂」の記念すべきデビュー作。こちらがホンモノですよ。


 旧名古屋駅が東京駅八重洲口になっていますけど、似たような場所を探してくるものですね。階段の降り方なんて完璧です。正に完コピのファイル名に恥じない再現度です。

 本家の牧瀬里穂さんのCMは、シリーズ2作目にして最高傑作と呼ばせていただきます。牧瀬さんは、当時17歳。他のシリーズ作品と比べると一番幼くって、東京の大学に行った彼氏がクリスマスに名古屋に帰省してきたという設定なんですが、物語の続きを見ている側に想像させるという演出が、なんとも胸キュンであります。そして、この作品を可愛らしく魅せている最大の理由は、焦らされることの多い女の子の方が、焦らす役であると云うところです。
 CM撮影は、終電が到着した後に行われたそうで、出てくる人たち全てエキストラさんなんですよね。牧瀬さんは、これがタレントになっての最初の仕事だったようで、CMの撮影現場の全てが物珍しかったと語っています。
 このCMが放映された1989年はWinkの絶頂期と同じ平成元年です。1989年の年末が如何に素敵な時だったのか改めて思いました。
 牧瀬さんは現在45歳。セレブ婚をされて、最近は露出も少なくなりましたけど、3年ほど前には白髪染めのCMにも出ていたみたいです。誰もが憧れる40代と云うことですね。

 さて、CMにでてくる名古屋駅は、CMの4年後に取り壊され、今はJRセントラルタワーズとして生まれ変わってます。僕も、初音ミクのライブに参戦するために、久しぶりに名古屋へ行きましたけど、とにかく広くって、人が多くって、CMの面影なんて全然ありませんでした。それから、駅周辺の再開発も凄くって、高層ビルがジャンジャン建てられてましたよ。


 名古屋駅の再開発は、バブル崩壊の時期に始まったので、駅舎を壊しちゃったものの建てる見込みが無くなったなんて、大ピンチだったときもあったみたいです。日本最大の地方都市なんて云われていた名古屋が、数々の苦難を乗り越えて、大都会として生まれ変わったってところでしょうか。でもそれは、X'MAS EXPRESSのCMロケには使えない街に変わってしまったと云うことでもあります。もしX'MAS EXPRESSがリバイバルされるとすれば、今度のロケ地は三河安城駅とかになるかもしれません。

 このCMで流れてくる、山下達郎さんの「クリスマス・イブ」は、ギネスにも載るほどの超ロングヒット作品です。ボーカロイドカバーもたくさんあるんですが玉石混淆って感じ。その中で、今回紹介させていただくのは、「水晶」さんの投稿作品になります。
 ボーカロイドは、「GUMI:Whisper」。お勧めは、「ミク」と「リン」のコーラスが入ってくる2分過ぎからでしょうか。


「水晶」さんは、毎年、この季節になると、「クリスマス・イブ」のカバー作品を投稿されています。このテイクは「GUMI」による2013年の作品で、昨年は「初音ミク」のテイクを投稿されてました。今年も素敵なカバーを投稿していただけるものと思います。

 お終いは、同じく2013年に「クリスマス・イブ」発売30周年の記念シングルに収録されていたMVです。15歳の「広瀬すず」ちゃんと41歳の「牧瀬里穂」さんが共演したことでも話題になりました。2人が出てくるのは、2:30のところ。ちょうど親子くらいの歳の差ですけど、お二方とも可愛らしいです。

     
 ついに、平成時代終了のカウントダウンが始まりました。平成の30年間で変わったのは名古屋駅だけではありません。でも、30年間、色褪せないものもあるってことで・・・。