2018年12月31日月曜日

夢を叶えようとする「丸山純奈」と、バンドとソロの二刀流という敵わぬ夢

丸山純奈さんが、芸能事務所トライストーン・エンタテイメントに所属し、高校進学を機に上京、シンガーソングライターとしてプロデビューを目指すそうです。

徳島新聞の記事から抜粋させていただきました。                 
 徳島市の中学生シンガー、丸山純奈さんが来春、シンガー・ソングライターを目指して拠点を東京に移す。ボーカルを務めるバンドPOLUは3月で解散、メンバーはそれぞれバンドなど音楽活動を続ける。
丸山純奈さんは、2019年1月に、俳優の小栗旬さんや田中圭さん、miwaさんらと同じ東京の芸能プロダクションに所属。4月の高校進学を機に上京し、歌や楽器、作詞・作曲のレッスンに取り組む。
POLUは16年に徳島市万代中央埠頭のイメージソングを歌うバンドとして、丸山さんをボーカルに結成。3月16日に東京、24日に徳島で開催する自主企画ライブが最後のステージとなる。
平成も終わろうとしてる時代に、上京してプロを目指すとか、なんか昭和っぽい表現です。でも、地方紙とはいえ、これが記事になっちゃうんですから、「すーちゃん」も凄いんだなって思います。まあ、徳島の中学生と云う肩書きで「うたコン」に出演しちゃったのも凄いことでしたけど。

シンガーソングライターとしての勉強を・・・とのようです。普通の歌手でも十分だと思うんですが、イマドキ、そのような選択肢は無いのでしょう。アイドルでなければシンガーソングライターってことでしょうか。
トライストーンは大きな事務所ですし、デビューを急いでないのは、じっくり育てようということなんでしょう。考えてみれば、まだ15歳ですからね。

いずれこの時が来ると思ってましたし、中学卒業というのは絶好のタイミングに違いないのですが、なんとなくのドタバタ感が気にな・・・いえ、そんなことより「解散」という言葉が重く響いてきます。

正直云って、丸山純奈さんを知った当初は、POLUのボーカリストとしての活動に、あまり好印象を持っていませんでした。将来、歌手として大成するための良い経験になるとしても、POLUが彼女の良さを引き出しているとは思えなかったからです。それは、僕が徳島県人で無いということも、大きかったのかもしれません。

純奈さんからの「メジャーデビュー目指します」みたいな発言は、以前にもありましたけど、今1つ現実感が伴わなかったのは、彼女が今後も徳島に在住し、POLUのボーカリストとしての活動を続けてく雰囲気があったからです。少なくとも高校卒業までは、このかたちでやっていくのではないか。POLUがバンドとして完成していくにつれて、僕は、それらを漠然と肯定するようになっていました。バンドとソロの二刀流という活動も可能なのではないかと。でも、それは敵うはずもない夢に過ぎませんでした。

やはり、9月に体調を崩して入院したあたりから、様子が変ってきたように思います。ソロ活動とバンド活動に、明らかな一線を引き始めたのもこの時からです。
ただ、上京することが早くから決まっていれば、POLUが活動休止宣言をしたときに、あのような言い方はしませんでしょうから、具体的な話は、ここ1・2ヶ月で進んでいったのでしょう。

3月に開催される自主企画ライブ・・・なぜ自主企画なのでしょうか。

これからの「すーちゃん」は事務所所属のタレントさんです。街で出会っても、握手はともかく、勝手にサインをしたり、写真を撮ることは原則NGになるはずです。すーちゃんのサインも写真も商品であり、その権利は事務所が持っているわけで、その対価として彼女はレッスンを受けることができるのです。レッスンを受けることが彼女の仕事になるのです。プロとはそういうものだと思います。

ですから、トライストーン・エンタテイメントに所属する丸山純奈が、アクア・チッタが管轄するPOLUのボーカルとして活動することなど、簡単にはできないはずです。
でも、POLUの活動に、自ら区切りを付けるというのは、すーちゃんにとって何より大切なこと。このライブを自主企画とすることで、事務所の了解を取り付けたのではないでしょうか。

と考えると、2月の「パフォーマート・ライブ」の出演者で、純奈さんだけがゲスト出演になっているのも同じ理由に思います。形式的なことでしょうが、彼女はプロのタレントさんとしてライブに招待されるのでしょう。


丸山純奈さんは、プロになるために徳島を出ていきます。まあ、プロになるために上京するなんてことは、いろんな分野で普通にあることで、それ自体は珍しいことではありません。しかし、彼女は徳島において、POLUのボーカルとして、中学生シンガー丸山純奈として様々な活動をしてきました。彼女はすでに普通の中学生ではありませんでした。彼女が徳島を出ることによって、捨て去らなければならないものはあまりにも多く、その影響はあまりにも大きい。
プロになることによって、2000組によるオーディションを勝ち抜いたPOLUというバンドは、わずか3年で解散してしまうのです。

プロになるというのは、これほどの覚悟が必要なのだと、こんなに厳しいことなのだと。その決断を15歳になったばかりの彼女はしたのです。いえ、15歳だからできたのかもしれません。

この秋に丸山純奈さんは、「HOME」や「ふるさとの色」という、故郷をイメージする楽曲を歌う機会を得ました。故郷を懐かしむこの楽曲を歌ったことが、逆に、故郷を出る決断の後押しをしたのではないか。そんな気がします。


すーちゃんが将来、大物アーティストとなったとき、プロになる前のバンド活動が必ず語られるはずです。その伝説のバンドPOLUが渋谷で開催したファーストワンマンライブ。物販で純奈ママから売っていただいたサイン入りCD・・・丸山純奈さんへお願いがあります。

すーちゃん頑張れ。そしてこのCDに思いっきりプレミアムをつけてください。

2018年12月16日日曜日

「時をかける少女」から「変らないもの」feat.丸山純奈&闇音レンリ 

今回は、アニメ映画「時をかける少女」の挿入歌、奥華子さんの「変らないもの」を取り上げさせていただきます。

「時をかける少女」は今から50年以上前に発表された「筒井康隆」氏のミドルティーン向けの正統派SF小説で、ライトノベルの元祖(?)だそうです。この50年の間に、何度も映画や演劇化、テレビドラマ化、さらにはアニメ化されていて、企画に行き詰まったら「時かけ」という感さえあります。

最も有名なのは、1983年の大林宣彦監督、原田知世さん主演の実写映画でしょうか。尾道を物語の舞台にした作品で、主役の「芳山和子」は、知世ちゃんの実年齢(当時15歳)よりも年上の高校二年生という設定になっています。


知世ちゃん・・・イイですねぇ。演技が素人でも、目がちっちゃくても、ぜーーんぜん構いません。今って、小さい頃からレッスンとか受けてるんで、新人でも完成されちゃってるじゃないですか。古き良き時代だったんだなって思います。

僕の「原田知世」さんへの想いは、2016年10月3日投稿の「原田知世:奇跡の40代の奇跡の歌声」で語らせていただいた通りです。

で、僕的には、1972年にNHKで放送された少年ドラマシリーズ「タイムトラベラー」が元祖になります。「タイムトラベラー」で主役の「芳山和子」を演じていたのが「島田淳子」さん。設定は中学三年生となっています。


深町役の男優さんが、どう見ても中学生には見えません。

当時は放送用のビデオテープが貴重だったため、番組を収録したテープが再利用されてしまい、映像がNHKにも現存せず、幻のテレビドラマと云われてましたが、和歌山県で最終回を録画したテープが発見されて、話題になりました。家庭用のビデオデッキが、当時の価格で三十数万円、60分録画用のテープが1本1万円もした時代で、電気屋の息子が売り物のデッキを使って、1本のテープで重ねながら録画していたため、最終回だけが残ったのだと云われています。

彼女に淡い想いを抱いていたのは、2015年7月13日投稿の「時をかける少女~初音ミク&原田知世そして島田淳子~」で告白させていただいた通りです。

そして、今回、取り上げさせていただくのが、2006年に制作されたアニメ映画版「時をかける少女」です。
このアニメ映画は、原作から20年後の世界となっていて、芳山和子の姪っ子で高校二年生の「紺野真琴」を主役として、東京の下町が物語の舞台になっています。
「細田守」監督の出世作であり、この作品を「時をかける少女」の原点とする若い世代の方々も多いようです。
僕は、アニメ版がテレビ放送された時に、せっかく録画していたのにもかかわらず、何を思ったのか消去してしまいました。聞くところによると、主人公の女の子はかなりアクティブに描かれているそうで、女子高生が放課後に男子とキャッチボールしてるなんてのは、理系ヲタクだった僕にとっては、想像もできないようなリア充です。


知世ちゃんは、こんなハシタナイまねはしません。

挿入歌「変らないもの」は、映画のヒットによって、主題歌「ガーネット」とともに世間に知られることとなりました。青春系バラードで歌唱力をアピールできる楽曲として、現在まで歌ウマ少女たちに好まれてカバーされています。

丸山純奈さんも、2017年3月に横浜O-SITEで歌っていて、YouTubeで視聴することができます。


この時のすーちゃんは13歳。中学一年生から二年生への春休みの時期ですね。この頃のテイクは、YouTubeにたくさんアップされていて嬉しい限りです。
ストレートでぶつけるような歌い方をしているのが特徴で、特に、横浜O-SITEで歌った「明日への手紙」と、この「変らないもの」は、すーちゃんのカバーテイクの中でも秀逸です。

元々は主題歌として作歌された「変わらないもの」が挿入歌になったのは、この歌がばっちりハマったシーンがあったからだと云われています。そして丸山純奈さんの歌は、この映画の世界観に見事にハマっています。(見てませんけど)
もし丸山純奈さんがタイム・リープして、細田守監督がこの歌唱に出会っていたならば、オファーを出していたかもしれませんね。

で、今回紹介させていただく、もう1つのテイクは、「闇音レンリ」さんによるカバーです。
その「闇音レンリ」さんのプロフィールですけど、年齢は17歳、身長158cm、体重45kgと紹介されています。まずは、聴いてみてください。


いかがでしたか、オリジナルの「奥華子」さんに、だいぶ寄っている歌唱ではないでしょうか。

お気づきのことと思いますが、「闇音レンリ」は人間ではありません。このテイクは、歌声合成ソフト「UTAU」によるコンピュータの歌唱になります。
「UTAU」は、「飴屋/菖蒲」氏が開発した、歌声合成のためのフリーソフトで、ヤマハのボーカロイドとは異なる理論によって構築されています。このソフトの最大の特徴は、音声ライブラリーを自作できることで、自分の声をライブラリーとして、コンピュータに歌唱させることができます。
もちろん、公開されたライブラリーを使うこともできて、個々に名前が付けられています。闇音レンリは「ゆずり」さんの音声提供によって作成されたライブラリとのことです。

闇音レンリは、息成分の多いウィスパーヴォイスで、癖の或る歌唱が特徴ですが、上手く調教された作品では、人間かと思えるほどの歌唱を披露してくれます。

参考までに、闇音レンリの使い手として有名な「Police Piccadilly」さんのオリジナル作品を貼り付けさせていただきます。折角ですから、踊ってみた動画にしましょうか。


歌もダンスも素晴らしいですね。アップテンポでノリの良いダンスミュージックというのは、コンピュータ歌唱の最も得意とする分野なんですけど、何も言われなければ、人間の女の子が歌っていると思うのではないでしょうか。
「ナーヴ・インパルス」は、ボカロのオリジナルにしておくには勿体ないほどの良曲ですから、人間の歌ってみた動画もたくさん投稿されています。但し、どれも、日本語を少し崩したようなスタイルの歌唱で、まあ、今っぽい歌い方なんでしょうけど、誰が歌っても同じに聞こえてしまいます。まるで、人間の方から、闇音レンリに寄っているみたいです。

人間が個性的であると思っている歌唱スタイルというのは、その癖を捉えられれば、コンピュータでもかなり近いところまで模倣できてしまう。演じた個性などは、機械にだって再現可能な程度のモノに過ぎないんです。

それに対して「すーちゃん」の歌唱は、ストレートなんですけど、力強さがあります。この「力強さ」というのは、コンピュータでは再現が難しい要素の1つです。音の強弱やテンポ、パラメーターの微調整などで簡単に対応できる代物ではないんですよね。

一見、個性的に歌っているかのようなテイクが、実はコンピュータによる作り物の歌唱であり、ストレートに歌っているだけに思えるテイクが、人間の女の子の歌唱だというところに、歌の面白さがあります。

当然のことながら、コンピュータは生きていません。しかし、歌は音波という純粋な物理現象ですから、機械の歌も人間の歌も根本的な差違はありません。人の歌もまた物理現象である限り、人工的な再現は可能なはずです。ただ、そのためには、人が歌うとは如何なるものかという問題を突き詰めていく必要があります。本質を解明できなければ、再現もまた不可能だからです。

力強さの源は生命力です。そして、生命は、無限ともいえる揺らぎを持っています。この揺らぎを解明して、歌に如何に生命力を宿すかが、コンピュータ歌唱の究極の目標と云えます。13歳の丸山純奈の歌唱を再現することは、理系のロマンでもあるわけです。

で、知世ちゃんの歌を聴いていて思ったんですけど、「時をかける少女」って、すーちゃんが歌っても似合うような気がしました。実年齢が近いというのは、最大の強みですし。次のリメイク版では、主題歌「丸山純奈」とか実現してくれると嬉しいです。いっそのこと主演しちゃっても良いかもです。「深町くん・・・これって・・」なんてねw

2018年12月8日土曜日

映画ボヘミアン・ラプソディの「エアー・クイーン」で感動する奴、しない奴

話題の映画「ボヘミアン・ラプソディ」を鑑賞してきました。

一応、「ネタバレ注意」です。まあ、公開から一ヶ月以上たってますし、クイーンが何をして、フレディーが最期どうなったかなんて、歴史上の事実ですから、今更って感じですけどね。
   
鑑賞日は、映画の日の割引デーで、しかも土曜日。座席も9割方埋まっていました。僕が観る映画って、観客5人みたいなのばかりでしたから、こんな賑やかな劇場で観るのは「千と千尋」以来です。
しかも、今日は応援上映とか、期待が膨らみます。

上映前にお姉さんが出てきて注意事項です。一緒に歌う、拍手、声援はOKですけど、立ち上がるのはNGだそうです。

で、映画が始まったのですが・・・至って普通なんですよね。ニュースでは、ペンライトを振って盛り上がる映画館の様子が流されてましたけど、地方の映画館では、そんなことは全然起きていない。
そもそも、映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、フレディの伝記映画です。ですから、ライブシーンと云っても、楽曲をフルコーラスで流すことはなくって、どれもさわりだけです。本格的なライブシーンが映されるのは、ラストのライブ・エイドくらい。だから「Radio Ga Ga」で手拍子したり、「We Are the Champions」を一緒に歌う程度で、極めて温和しめな応援上映でしたよ。

その皆さんが最も感動したというライブ・エイドのシーンなんですけど、スタジオに再現したステージでエキストラを使って撮影したものに、CGを合成、それに本物のライブ・エイドの音源を重ねて制作したそうです。ピアノの上のペプシコーラの位置とか、極めて細かいところまで再現しています。

あれっ、本物の音源にモノマネ映像を重ねるって・・・・これって、「はるな愛」による松浦亜弥のモノマネ「エアーあやや」と同じじゃないですか!!!

映画はこんな感じ。トレイラー動画ですね。


先日も、この映画のおかげで、三年前に書いたクイーンのブログ記事にアクセスが来ていると云いましたけど、11月の総アクセス数は通常の2倍以上になってしまいました。Googleで「クイーン ライブエイド」と検索した場合、僕の記事が出てくるのは5,6ページ目くらいなのに、この状況なんですから、クイーン人気恐るべしです。
まあ、せっかく検索していただいても、引っかかるのが僕の記事では申し訳ないなぁと思っていたんですが、映画を観てから、改めて自分の記事を見てみると、イイ感じにまとめてるかも・・・なんて、ちょびっと自賛してしまいました。

僕がクイーンの記事を書いたのは、癌の手術を受けて入院していた時期にあたります。病室でもインターネットがつながると聞いたものですから、パソコンを持ち込んで、クイーンのネタを検索したり、YouTubeでライブ動画を漁ったりしてました。
クイーンの楽曲が癌で闘病している僕を励ましてくれたんです、って云えたら格好良いんですけどね。

ライブエイドの映像も何度も見ました。だから、セットリストとか、どこで何をしたのかとか全部知ってました。
クイーンの絶頂期は、1975年から1980年あたりかと思います。その頃にクイーンにハマっていた世代を「リアルタイム爺さん」と云うそうで、此処が違う、彼処が変だと、映画にケチをつけるそうですけど、僕もリアルタイム爺さん程では無いにしても、ある程度の予備知識を持って、映画を観ちゃったわけです。

だから、どうしても本物と比べてしまう。「エアークイーン」が本物の「クイーン」に敵うわけがない。だから、リアルタイム爺さんの「ラストシーンは、本物のライブ・エイドの映像をそのまま流した方が良かったんじゃねぇ」ってコメントに頷いてしまうんです。もちろん、映画としては、それをやっちゃぁオシマイですけど。

映画の中でも云ってましたけど、ライブエイドって朝の7時から始まってたんですね。そこから16時間ぶっ通し・・・、野外ライブというのは、暗くなるにつれて異様にテンションが上がっていくものですけど、クイーンが出てきたのは、まだ明るい午後の6時過ぎ。暑さと疲れで観衆はグズグズだったそうです。「ボヘミアン・ラプソディ」での、あのヤケクソ気味の大合唱の裏には、そんな事情もあったようです。
でも、そこから一気に7万5千人の観衆を惹き付けてしまうんですからね。クイーンの後に出てきたアーティストは、かなりやり難かったそうですよ。

僕がライブエイドのステージで一番好きなところは、「Radio Ga Ga」から観衆との掛け合いを経て「Hammer to Fall」を演奏するところです。


口髭、短髪、筋肉、・・・どう見てもゲイですね。

映画でも「エアークイーン」による「Hammer to Fall」の前奏で泣きそうになってしまいました。「Bohemian Rhapsody」も「We Are the Champions」も良いんですけど、ライブエイドに限って云うと「Hammer to Fall」が最高です。4人のメンバーがそれぞれの役割を完璧にこなしていて、ロックバンドとしてのクイーンの格好良さが、存分に発揮されているテイクだと思います。


俳優さんでは、フレディ役の俳優さんがちょっと華奢で小柄でしたから、違和感がありましたね。ゲイには筋肉が必要です。あと、フレディは歯並びが独特なんで、役者さんが入れ歯をしてるんですけど、ちょっとやり過ぎで、「小森のおばちゃま」か「明石家さんま」さんのモノマネみたいに見えてしまいました。

フレディは、過剰歯だったと云われてて、ウサギさんの口みたいなんですけど、初期の頃は、コンプレックスもあったようで、話をするときに意識的に口をつぐむ場面が見られます。でも、彼には、出っ歯のおかげで口腔が大きいから音域が広いんだ、みたいな信念もあって、最期まで矯正をしなかったそうです。出っ歯って歌手向きなんですかね。

ブライアン・メイはソックリでした。まあ、ヘアースタイルを真似すれば、誰でも似るのかもしれませんけど。そのブライアン・メイ・・・良かったです。人格者であるとは聞いてましたけど、ホントに知的で良い人だったんだなって思いました。フレディが滅茶苦茶なことをしでかしても、クイーンにはブライアン・メイがいるからってことで、辛うじて社会的信用をキープしてたと云われてますしね。

他のメンバーもみんな良い奴でした。家族も友人も、出てくる人、みんな良い人たちでしたよ。

そんな中で、唯一、悪役として描かれていたのが、フレディの付き人だった「ポール・プレンター」氏です。彼は、解雇後にフレディのスキャンダルを暴露したので、ファンから凄ーく嫌われてますけど、実際のところは、彼がドラッグを調達したのも、ゲイ・パーティーを開催したのもフレディの要望によるものと云われますので、「彼さえ居なければ、フレディは、あんなことにならなかった」みたいな描き方は、ポールにとっては、ちょっと酷かもしれません。

映画では、あっという間にバンドが結成されて、瞬く間に人気者になっていきます。実際には、クイーンのベーシストはなかなか決まらなくって、ジョン・ディーコンがメンバー入りするのは、フレディの加入の一年後です。ジョン・ディーコンが気になる僕としては、この辺りのエピソードを丁寧に描いて欲しかったところですが、まあ、2時間で全てを終わらせなくてはいけませんから、致し方ないですね。

で、僕が、この映画で最も気に入った場面は、最初のライブのシーンです。
新しいボーカルのフレディですってステージに立って、観客の、誰だオマエ?って冷たい視線を浴びながら「Keep Yourself Alive」を歌うんですけど、前奏が始まったのに、マイクスタンドの高さが合わなくって、ガチャガチャやってたら、すっぽ抜けちゃって、何だコリャって感じで、上半分だけ持って歌い出すんです。
で、歌詞をちゃんと覚えてないんで、もうメチャクチャなんですけど、圧倒的なパフォーマンスで、一気に観客を虜にしちゃうんですよね。もう、最高でした。


実際のフレディのマイクパフォーマンスも、こんなアクシデントから始まったそうです。で、こういう場面って、YouTube動画に在るわけない。映画でしかできないんですよ。僕的には、ライブエイドを完璧にモノマネすることより、こういった映画でしかできないことを、もっともっとやって欲しかったです。

もう一度、観に行くかと云われると・・・うーん・・・行くとしても、応援上映はヤメときます。映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、フレディの生き様を描いた伝記映画として楽しむものだと思いました。多分、若者にウケているのもこの部分であって、だから、本物のライブを寸分違わず再現する必要なんて、全く無かったように思えてきたんです。

あっ、フィルムコンサートなら行きたいです!
その時は、机の引き出しに入れっぱなしの「カラフルサンダー」持って。

2018年12月2日日曜日

丸山純奈「今夜、誕生!音楽チャンプ I LOVE YOU」から1年

早いものですね。もう1年です。今晩、M-1があると聞いて思い出しました。

M-1放送後、放送時間が若干延びたため、CMを挟むことなく始まった「音楽チャンプ」。見るともなく見ていた歌番組で、予選の一人目として登場し「木蓮の涙」を披露。一位で通過して、決勝で歌った「I LOVE YOU」。
Mステで、すでに全国にインパクトを与えていたとは云え、この音楽チャンプのオンエア、そして何よりも、テレビ朝日がこのテイクを公式チャンネルからYouTubeで公開したことが、彼女の現在の立ち位置をつくったのは間違いありません。
徳島での精力的なライブ活動は評価に値しますが、地方で地道に活動している歌の上手い子などは、日本中に何人もいるわけで、それだけで、ツイッターフォロアー五万人など有り得ないし、YouTube動画再生1,228万回という肩書きがあればこその、様々な特別扱いなのだと思います。


テレビを見ていて、思わず泣いてしまいましたみたいなコメントがたくさん寄せられていますけど、決して大袈裟な話では無くって、本当に号泣した人もいたみたいです。と云う僕も、泣きはしませんでしたけど、直後に話そうとした声が、うわずってしまっていたのを覚えています。

あれから、一年。歌い方も熟れてきました。以前にも指摘させていただきましたけど、サビの「届いてーますか」と歌っていたのを、「届いていますか」と「い」を意識して歌うように修正することによって、歌唱に力強さが加わわったのも進化の表れと思います。

純奈ママさんのツイッターからお借りしました。


丸山純奈さんの歌唱の特徴と云えば、天使の歌声と称される天性の声質と、合唱団で培われたであろう伸びやかなファルセットですが、縋り付くような感情表現をともなう唱法は、むしろ演歌に近いとも云えます。

四国音楽祭で共演された島津亜矢さんが、ご自身のブログで純奈さんについて「吸い込まれるような透明な声!心!」と評されました。ここで重要なのは「心」の部分です。普通なら「透明な声」で終わるところに島津さんは「心」と付け足されました。
丸山純奈の歌には心があると、聴き手に思わせるような「何か」が、彼女の唱法の中に存在するということなのでしょう。

この「何か」が彼女の魅力であり、「何か」についてあれこれ想いを巡らすことが、僕のささやかな楽しみであるわけです。