2020年12月30日水曜日

「紀平梨花」4回転サルコウと裏ステップシークエンス ~2020全日本選手権女子フリー~

紀平梨花選手を応援し始めて、決めたことが1つあった。

ジュニア時代の梨花ちゃんは、成績が安定しない選手だった。3アクセルを決めてぶっちぎりで優勝したかと思えば、1本のジャンプのミスからグダグダになり、国内大会の予選すら通らない時もあった。シニアに進んでからは、少しずつ安定感が出てきたが、ショートプログラムでコケて、フリーで逆転なんていう試合が続いた。

3アクセルからの三連続ジャンプなんて史上初の技を成功させた試合で、規定違反によってジャンプ1本をノーカウントにしちゃったり、3アクセル成功の後、問題なく跳べるはずの3ルッツの回転が抜けてしまったりと、ツッコミどころ満載な演技も多かった。試合外でも、ブレードの位置をイジり過ぎて調整できなくしちゃったこともあった。

それらは、誰からも尊敬される日本のエースと呼ぶには、まだまだなことを表していると思えた。だから僕は、彼女を敢えて「梨花ちゃん」と呼ぶことにした。心技体名実ともに日本のエースになった時に、改めて「紀平梨花選手」と呼ぼうと決めたのだ。

そして、ついに、その日が来た。全日本選手権連覇、さらに日本女子として17年ぶりの4回転ジャンプ成功だ。

フリー演技でのジャンプ構成は、次の通りである。

  ①4S ②3A ③3F+1Eu+3S ④3Lo ⑤2A+3T ⑥3F+3T ⑦2A

冒頭の4サルコウは凄かった。あんなに安定感のあるジャンプをしてくるとは思わなかった。あれだったら、後ろに2トゥループを付けることもできるだろう。4サルコウを2本組み込んだプログラムも不可能では無いと云うことだ。

3アクセルは、まさかの回転不足になってしまったが、その後の3連続ジャンプが良かった。これも、実戦では初披露だ。練習動画で見てから、ずっと楽しみにしていたジャンプだ。これ、下手なジャンパーだと、真ん中のオイラーがヨタヨタになって、如何にも繋いでいるだけってなっちゃうんだけど、梨花ちゃんのは、流れのある連続ジャンプだったと思う。もっとGOEが付いても良いだろう。

気がかりなのは、3ルッツを回避して、2アクセルと差し替えたことだ。昨シーズンに足を痛めた梨花ちゃんは、ずっとルッツを封印してきた。今回は、ショートプログラムで3ルッツを問題なく跳んでいたので安心していたのだが、まだ、足首は悪いようだ。もう2年くらい痛いと云っているので、痛め癖になっていないか心配である。

①4S ②3A+2T ③3F+1Eu+3S ④3A ⑤3Lo ⑥3F+3T ⑦3Lz

多分、これが完成形のジャンプ構成じゃないかと思う。4サルコウ1本と3アクセル2本の演技だ。同じ日に開催されていたロシア選手権では、アンナ・シェルバコワ選手(アーニャ)が、4ルッツと4フリップを跳んで優勝したようだ。基礎点はあっちの方が上かも知れないが、十分に対抗できる構成だと思う。

アーニャと梨花ちゃんでは、合計得点で30点以上の差がついている。だからロシア選手には敵わない、みたいなコメントを見かけるが、これは正しい認識では無い。ロシアの国内大会は難しい技を決めるとボーナスポイントが付加されるというインフレルールがあるし、ジャッジは自分が贔屓する選手の演技構成点を爆盛りしてくる。この辺のことはロシアのファンはちゃんと認識していて、30点以上得点の低い梨花ちゃんを見下げるようなコメントは出てこない。

僕は、昨年、新横浜のリンクでアーニャを見て以来、彼女のファンにもなった。現在、ロシアでは有力選手の足の引っ張り合いが行われていて、代表選手になるだけで、もの凄いエネルギーを使うだろうけど、アーニャには是非とも代表権を勝ち取って欲しい。そして、北京オリンピックで、互いにノーミスで台乗りしてくれたら、こんな嬉しいことはない。

そんなことを考えながら、ネットニュースを見ていたら、とんでもないことが書かれていた。なんと、梨花ちゃんは演技の途中で左右を間違えていたと云うのだ。スッテプシークエンスでは、ジャッジに裏側を見せてしまったらしい。

はぁ?

どう云うことだ。梨花ちゃんの解説で演技をふりかえってみよう。

どうやら、3ループの後のキャメルスピンの時に、出る方向を間違えたらしい。スケートリンクは楕円形だからどっちが前でも良いんだけど、普通はジャッジが座っている方を向いて演技する。テレビカメラもそっち側にあるし・・・。で、気付いてからは、どうやって戻そうかと、そればっかり考えていたそうだ。

云われてみれば、「コレオシークエンス」はグラついていたし、5番目のジャンプ2A+3Tの次の「ステップシークエンス」もリズムに乗り切れていなかったように思う。ただ、この楽曲のピアノソロのアレンジって、リズムに乗りにくいんじゃないかってずっと思ってたんで、イマイチなのは楽曲のせいだと思っていた。で、6番目のジャンプの前で、ようやく戻れたらしい。

それから、演技が終わった後、いつも以上にニコニコしていて、コーチとも笑い合っていたのも気になっていた。4回転が成功したのが、よっぽど嬉しかったのかなんて思っていたんだけど、逆向きに演技しちゃったことを「も~、やだぁ」って感じで、笑っていたのが真相らしい。

しかし、こんなことってあるのだろうか。聞いたことが無い。っていうか、あっても普通は黙っているものだろう。テレビのインタビューとかで喋ったりしない。素晴らしいリカバリーですね、なんてフォローされてたけど、リカバリー力って、こんなことに使うべきものじゃないだろう。

2位になった坂本選手が、サバサバした性格で、ツッコミを入れてくれたのが救いだった。関西の子たちは、ボケ(天然だけど)に対してツッコミを入れるというのが、当たり前のようにできるようだ。これがロシアだったら、1位と2位の選手が同じ番組に和やかに出るなんて有り得ないし、コーチは演技構成点を巡って大騒ぎしているだろう。

それにしても、全日本チャンピオンの演技が、裏返しだったなんて・・・。これは羽生選手の0点スピンを上回るインパクトだ。梨花ちゃんは、やっぱり梨花ちゃんだった。つっこみどころ満載の梨花ちゃんは健在だったのだ。

紀平選手と呼べる日は、もう少し先のようである。

2020年12月27日日曜日

「羽生結弦」フィギュアスケート全日本選手権2020 ~圧巻のSPで無価値とされたCSSp~

 あれは、斬新なツイズルなのか、それとも、シットスピンの出来損ないか。絶対王者で稀代のスピナー「羽生弓弦」選手のスピンが0点、つまり「無価値」とされたのだから、炎上するのも当然であろう。

まずは、用語のおさらいから。

フィギュアスケートは、氷上で反時計回りにクルクル回転する競技である。空中で回転すればジャンプ。止まって回ればスピン。移動しながら回転するとツイズルとなる。

 問題になっている場面は、3アクセルを跳んだ後で、足替えのシットスピンに入る前、動画での3分5秒あたりのところである。このクルクルってやったのが、ツイズルなのか、スピンなのかが問題にされているわけだ。


その場でしゃがんでクルクル回るとは、なんと斬新なツイズルなんだろう・・・って、

これ、スピンだろっ?!

羽生選手は、この後、完璧なCSSp(チェンジフットシットスピン)を披露するのだが、同じスピンの2回目はノーカウントだし、1回目のツイズルみたいなスピンも認定されないから、結果0点となった次第である。

この大会では、羽生選手は、ぶっちぎりの首位だから、ここで6、7点無くなったとしても影響なんて全然無いのだけれど、完璧な演技にケチを付けられるのはファンとして耐え難いことのようだ。

ジャッジにイチャモンを付けるのは、スポーツ観戦の楽しみ方の1つではあるけど、連盟に直接抗議するなんて他のスポーツには無いことに思う。運営側も、(後ろめたいことが無いのならば)もっと毅然とした態度を取れば良いんだけど、ファンあってのフィギュアスケートってことなんだろう。

ちなみに、これはフリー演技のプロトコルである。ファンは、すでに2番ジャッジを特定しているはずだ。

それにしても、何で、あんな紛らわしい演技をしたんだろう。スピン1つだって、世界大会だと致命的なミスになりかねない。案外、スピンに入るタイミングをちょっと間違えただけなんてのが真相だったりして・・・まあ、国内大会でご祝儀採点をして、国際大会でコケるよりも、ずっと良いことに思う。

演技はホントに素晴らしかったと思う。翌日のフリーも圧巻だったけど、僕的には、このSPの方が断然インパクトがあった。出来映え点を稼ぐために、タケノコジャンプを連発する姑息な選手も多い中で、彼の凄さは採点基準を超越したところにあることを再認識した。

コロナ禍で、国際大会が次々と中止になり、コーチ不在の中で、10ヶ月ぶりの大会にバッチリ合わせてくるなんて凄すぎる。嫌いになりそうなくらい格好良かった。「僕の演技で世界を元気づける」なんて何様な発言も、彼なら許されよう。

羽生結弦選手は最高のフィギュアスケーターなのだ。

2020年12月12日土曜日

「牧瀬里穂」&「黒島結菜」伝説の冬CMを2本

 「閻魔堂沙羅の推理奇譚」ちゃんと見てますよ。第3話の「黒島結菜」さんは、前・後編の特別扱いでしたけど、最終話の「牧瀬里穂」さんも60分構成なんですね。ちなみに、牧瀬里穂さんは、今月で49才になられるそうです。黒島結菜さんは、23才ですから、ちょうど母娘役にぴったり。今回は、すれ違いでしたけど、共演とかあれば嬉しい限りです。


で、今回は、このお二人が出演した、伝説の冬CMについて投稿させていただきます。

まずは、牧瀬里穂さんです。先日「朝だ!生です旅サラダ」という旅番組に出演され、それに関連して、JR東海「X'mas Express」のCMがSNSで拡散されて(牧瀬里穂が)トレンド入りしたそうです。31年も前のCMが、いまだに話題になるというのも凄いことに思います。

放送は1989年(平成元年)、終電後の旧名古屋駅でロケを行ったとのことですから、歩いている人たちは全員エキストラということになります。云われてみれば、動きが不自然で、何となく分かります。今の名古屋駅は高島屋と一体化しちゃいましたけど、当時は如何にも「駅」って感じです。改札に駅員さんが立っているのが、平成元年ですよね。

この時の牧瀬里穂さんは17才。東京の大学に進学した彼氏と、地元に残っている高校生の彼女という設定でしょうか。こんな可愛い彼女を、故郷に待たせているなんて羨ましい限りです。で、先に見つけた里穂ちゃんが柱の陰に隠れるという可愛すぎる演出。この後の展開を視聴者に想像させる終わり方なんて素敵すぎです。それにしても山下達郎さんの名曲は、何年経っても色褪せませんね。

1989年と云うと、スマホどころか、携帯電話さえも無かった時代です。それでもあの頃の恋人は、ちゃんとつながっていたんですよね。

これは「X'mas Express」シリーズの2作目で、この後も、毎年毎年、たくさんの女優さんによって続編が制作されましたけど、設定年齢が最も低いこのバージョンが、僕は断トツで好きなんです。

昨年、このCMについて、「さくマガ」さんに「89 牧瀬里穂のJR東海クリスマスエクスプレスのCMが良すぎて書き殴ってしまった」という記事が掲載されました。当時の時刻表や駅構内図を使っての詳しい考察が話題になったのですが、今年も再掲載されているということで、僕も読ませていただきました。

その中で衝撃だったのは、このCMが「待ち合わせの場面では無い」という考察です。僕は、この記事を読むまで、何の疑いも無く、彼氏と待ち合わせをしている里穂ちゃんが、悪戯心で柱の陰に隠れているのだとばかり思っていたんです。バンダナ君(彼氏)は、待ち合わせで目立つようにバンダナを頭に巻き、改札口で里穂ちゃんを探しながら歩いているのだと。

しかし、違和感があったのも確かです。1つは、里穂ちゃんが名古屋駅に迎えに行った時刻です。このロケは終電後、つまり深夜に撮影されました。ですから、映り込んでいる時計や列車の出発時刻板は、CM用に設定されたものです。時計の時刻は午後10時前、女子高生がこんな時刻に駅へ迎えに行くなんて不自然です。まあ、ギリで親に外出を許してもらったとしても、その後、二人でデートなんかをしていたら、完全に青少年補導の対象になってしまいます。今晩帰省するけど、(遅いから)会うのは次の日にしよう。ってのが、あるべき約束に思います。

もう1つは、バンダナ君の歩き方です。多少周りを気にしてはいますが、待ち合わせをしていた彼女がいないにしては、飄々としていて、全然焦っていないんですよね。そのまま改札口から歩いて来ちゃってる。僕の彼女が牧瀬里穂ちゃんだったら、絶対、改札口で待ちます。一晩中でも待ちます。

一方で、里穂ちゃんは焦りまくっている。僕は、彼に早く会いたい一心で走っているのだと思っていたんですけど、ちゃんと待ち合わせをしているのならば、あんなに慌てなくっても良いはずです。バンダナ君を待たせたとしても、「ゴメン、待った?」「ううん、全然」とか云ってれば良いんですから。しかも、駅の構内でキョロキョロして、バンダナ君を探しているかのようなシーンもある。

やはり、待ち合わせでは無かったのでしょう。彼が今晩帰省することを(東京駅の固定電話とかで)知った里穂ちゃんは、サプライズで迎えに行くことを思い立った。新幹線が名古屋に到着するまで2時間弱。慌てて支度をして家を出たんだと思う。もしかしたら、プレゼントを未だ用意して無くって、急いで買ったのかもしれない。だからギリギリになった。

里穂ちゃんは焦っていました。この時代、新幹線に乗ってるバンダナ君とは、連絡のとりようが無い。もし遅れてしまったら、バンダナ君が先に改札口を出ていたら、さっさと行ってしまいます。約束していないんですからね。すれ違いになってしまう。だから、里穂ちゃんは何が何でも、新幹線の到着時刻には、改札口にいなければならなかったんです。でも、遅れてしまった。もしかしたら、もう改札口を通過しているのかもしれない。だから、構内を見回していたんです。で、改札口に降りてくるバンダナ君を見つけた。そして、サプライズ感が増すように、柱の陰に隠れた。これは、とっさに思いついたのかもしれませんし、初めから考えていたのかもしれません。

里穂ちゃんは、サプライズのために、もの凄いリスクを負っています。彼が8時発の新幹線に、乗っていないかもしれないんですから。あの笑顔はリスクを負っているからこそ醸し出されるもので、僕らはその笑顔に共感し、このCMは伝説になったんです。


次は、「黒島結菜」さんのNTT docomo 「想いをつなぐ篇」。

こちらのCMは、放送が2013年とありますから7年前、本格的にスマホが普及し始めた頃ですね。黒島結菜さんは高校2年生、16才の時の作品になります。

CM 曲は、SPICY CHOCOLATEの「ずっと feat. HAN-KUN & TEE」

最近の大人っぽくなった黒島結菜さんも、もちろん素敵ですけど、この頃の黒島さんも最強。十代の黒島さんの魅力は普通っぽさ。何だかその辺に居そうな可愛い子って感じが、彼女の良さに思います。

お相手役は「葉山奨之」さんで、丸山純奈さんと同じトライストーン所属の俳優さんです。映画「あしたになれば」でも黒島さんと共演していましたけど、まさか「きゃりーぱみゅぱみゅ」さんとお付き合いするようになるとは思いませんでした。

で、このCMのコンセプトは「つながる」だと思います。奨之君は、常に結菜ちゃんと連絡を取り合っています。電車に乗り遅れたシーンがありますけど、メイキング映像によると、乗り遅れて直ぐにラインしています。花火大会が終わっても、会場で待っていた結菜ちゃんは健気とも云えますけど、彼の現在位置が逐一報告されているんだから、待つしかありません。

スマホでつながり合っていれば、大切なデートの日にバイトを入れても大丈夫ということなんでしょうか・・・っていうか、こんな可愛い彼女がいたら、絶対バイト入れないと思います。結菜ちゃんと約束しておいて「間に合わないかも」じゃねぇだろう!急にシフト変わって断り切れなかったとか云いたいんでしょうけど、黒島結菜ちゃんが僕の彼女だったら、絶対バイトは入れません。

里穂ちゃんも、奨之君も走っていますけけど、その理由は全く違います。彼は義務を果たしているに過ぎません。だから、僕は、このCMの奨之君には好感できないんです。途中で、池に落ちた子猫を助けていたとか、道に迷ったお婆さんを自宅に送り届けたとか、納得できる理由があれば良かったんですけどね。結果として、16才の黒島結菜さんが可愛いだけのCMになってしまったように思います。


このNTT docomo のCMが放送されてからも、7年たちました。今は、全ての世代がスマホを持ち、ラインを利用するようになったし、待ち合わせで彷徨うことなんて無くなりました。僕らはつながることによって、無駄は無くなったし、安心を手に入れました。その一方で、サプライズを回避したがるようになったと思います。約束もせずに会いに行くことなんてないし、プレゼントだって、何にするか事前に相談することも多いと聞きました。

だからと云って、携帯電話が無い時代が良かったなんて云いません。バンダナ君と里穂ちゃんだって、名古屋駅に改札口が2つあったら、出会えなかったわけで、「昨夜、名古屋駅に迎えに行ったんだよ。」「そうだったの、ゴメン、気付かなかった。」なんてことになったら、「携帯電話があれば良いのにね。」ってなるはずだからです。そりゃあ、会いに来てくれた「気持ち」が有り難いってことも云えるんだけど、それは後になって思えばってことで、その時は、残念な気持ちの方が何倍も大きいはずです。

大切な人とつながっている今の時代は、あの頃の僕たちが望んでいた社会でもあるわけですから。

・・・ちょっと違ってるような気もするけど。

お終いは、2つのCMのスペシャルコラボで。



2020年12月5日土曜日

菊水作戦 ~沖縄周辺海域における航空機特攻~

「菊水作戦」とは、太平洋戦争末期、沖縄に来襲した連合国軍に対し、航空機特攻を中心とした日本海軍の作戦です。作戦の主体は第一機動基地航空部隊で、沖縄戦が始まった直後(1945年4月6日)の菊水一号作戦から、沖縄戦が終了する直前(6月22日)の菊水十号作戦まで行われました。同時期に陸軍も策応して特攻作戦を行いました。こちらは「航空総攻撃」と呼ばれていますが、合わせて菊水作戦として表記いたしました。

航空機特攻については、「巡洋艦「北上」と人間魚雷「回天」」の記事で、次のようにまとめさせていただきました。

「特攻」と云うと、まず思い出されるのが「神風」に代表される航空機による特攻であろう。この航空機特攻の中心となったのは「ゼロ戦」であった。ゼロ戦は、「零式艦上戦闘機」という名前から分かるように、本来は航空母艦に搭載するための戦闘機である。ところが、戦争末期には、空母に離発着できる腕を持つパイロットなどいなくなってしまったし、新しいパイロットを訓練するための時間も物資も無かった。また、この頃の戦闘機に求められたのは、ゼロ戦のような長い航続距離を持つ軽戦闘機でなく、陸上の飛行場から飛び立って、B29などの爆撃機を迎撃する重戦闘機であった。そこで、型落ちとなったゼロ戦に訓練不足なパイロットを乗せ、250キロとか500キロ爆弾を搭載して特攻させたわけである。ゼロ戦のような軽戦闘機に500キロもの爆弾を取り付ければ、飛んでいるだけで精一杯だから、結果は言わずものがなであろう。


特攻とか、神風というと、九州の基地から飛び立って行く映像がよく紹介されます。(ヲタに云わせるとあれは特攻機では無いらしいけど、菊水作戦に参加している機体ではあると思う)で、あの飛行機はどこに向かっているかというと、沖縄であります。特攻はフィリピン近海とかでも行われましたが、最大の特攻作戦が、沖縄諸島周辺のアメリカ艦隊を攻撃目標とした、この「菊水作戦」であります。

ウィキペディアの記述によると、この作戦において、海軍機は940機、陸軍機は887機が特攻を実施し、海軍では2,045名、陸軍では1,022名が特攻により戦死した。とありました。1827機のうち、133機が命中、122機が至近弾となったと云いますから、命中率は7%、至近弾まで合わせると14%の特攻機が敵艦船に損害を与えたことになります。

この結果、アメリカ軍の艦艇36隻が撃沈し、218隻の艦艇が損傷しました。菊水作戦によるアメリカ軍の戦死者は4,907名、負傷者は4,824名。この他に、イギリス軍とオランダ軍にも数百名の死傷者が出たとあります。アメリカ海軍が第二次世界大戦で、最も多くの犠牲を出したのが、この沖縄諸島周辺海域での戦闘によるものでした。

命中率7%をどう評価するのかは難しいところです。特攻機が撃沈したのは、駆逐艦などの小型艦艇が中心でした。しかし、太平洋戦争末期は、まともに戦っては日本軍は米軍に全くと云ってよいほど歯が立ちませんでしたから、この戦果は大変魅力的であり、軍部が特攻という戦術に傾倒していった理由が分かります。

特攻機に関する逸話で「片道分の燃料を積んで・・・」というものがありますが、これは事実ではありません。菊水作戦は索敵特攻でした。沖縄近海に米艦隊がいることは確かですけど、必ず敵艦と遭遇できるわけではありません。その場合は、帰還して次のチャンスを待つという方針がとられていました。(飛行機もパイロットも貴重ですから)出撃したものの敵艦が見つからず帰ってきた事例は、半分近くあったようです。また、特攻が成功したときは、積んでいた航空燃料が燃えることで破壊力が増大するとされて、これも、燃料をしっかりと積んでいた理由の1つとされています。

特攻に対する米軍の作戦は次のようなものでした。航空母艦や戦艦などの主要艦艇の周辺に、対空レーダーを搭載した駆逐艦をレーダーピケット艦とし、対空機関砲を搭載した小型艦艇とで、早期警戒体制の任務にあたらせました。レーダーピケットの情報は管制室へと送られ、空母から発進した戦闘機が特攻機の迎撃に向かいました。

対する日本軍機は全てが特攻機だったわけではありません。米艦隊の位置を探る偵察機、特攻機を誘導する支援機、さらに多くの戦闘機が、特攻機の護衛として、あるいは囮として参戦しました。

菊水作戦は、第十号まで実施されました。各回の作戦機は数百機、そのうち特攻機は200機ほどで、未帰還率は約50%とありました。特攻機のほとんどは、米戦闘機の迎撃や、艦船の対空砲火で撃墜されましたが、何機かは、防空網を掻い潜り特攻を成功させました。成功率は7%でしたが、突入された艦艇の被害は大きく、多くの米兵が犠牲となりました。

最も犠牲が多かったのが、周辺に配置されたレーダーピケット艦でした。特攻の目的からすれば、ピケット艦よりもその奥にあるはずの航空母艦を狙うべきなのですが、特攻機のパイロットは極度の興奮・緊張状態にありますから、対空砲火を浴びると目の前にある駆逐艦に突入してしまったり、炎上している艦船に突入したそうです。(「空母はあちら」って看板をつけてた駆逐艦の逸話もあるけど、たぶん嘘)。沖縄戦でレーダーピケット艦の任務についた駆逐艦は101隻。そのうち10隻が撃沈され、32隻が損害を受けたとありました。

沖縄周辺海域への特攻は、沖縄本島での地上戦と時期を合わせて行われています。米海軍の任務は、地上戦を戦っている陸軍や海兵隊を、艦砲射撃や航空機攻撃で支援することでした。ですから、米軍が地上戦をしている間は、沖縄近海に張り付いていなければなりません。日本軍が特攻を仕掛けてくることが分かっていても、沖縄を離れるわけにはいかなかったのです。米兵の肉体的、精神的負担はかなりのもので、海軍の司令官が、陸軍の作戦進行が遅いことを(海軍への嫌がらせで、わざとゆっくりしてるのだろうと)抗議したとありました。

米軍は、日本軍以上の犠牲者を出し、精神障害を引き起こす兵士も続出しました。しかし、米軍は、損失した艦艇を補充し、疲弊した兵士をローテーションしました。任務途中でしたが、司令官の交代も実施しています。一方的な攻撃を受けながらも、米海軍は沖縄近海に踏みとどまりました。菊水作戦が目的としていたのは戦局の挽回です。日本軍は、菊水作戦により、米軍に多くの損害を与えることはできましたが、目的を達成することはできませんでした。やがて、特攻に使用できる航空機が不足するようになると、鈍足の練習機までも使用するようになり、戦果は回を重ねるごとに乏しくなっていきました。

沖縄戦が終結すると米艦隊は沖縄近海から離れました。米艦隊の存在位置が分からなければ、特攻機を飛ばすことはできません。菊水作戦は終了し、軍部は来たるべき本土決戦に備えて、特攻戦力を温存する方針をとります。

貼り付けさせていただくのは、アメリカ海軍による対特攻機戦術に関する軍事教育用映画とのことです。前半は特攻戦術の分析、後半は特攻機に対する心得の啓蒙という構成です。映画の中で、軍服を正式に着用することが繰り返し指示されていました。裏を返せば、アメリカ海軍の兵士の中には、軍服をちゃんと着ていない奴が多くいたということでしょうか。


特攻機が船の側面中央から左右45度以内に収るように操艦することなど、様々な対策を理路整然と述べた後で、「敵機を60秒も追跡してから7,000ヤード(6,400m)地点で(ようやく)対空射撃なんてトロいことをやってんじゃねぇ。」と檄を飛ばし「ともかく撃ちまくれ!」ってオチで終わるところが、如何にも物量にモノを云わせるアメリカっぽい。(結局、それかよ)米兵の苦笑いが目に浮かびます。

人命軽視の特攻作戦とは云っても、飛行機もパイロットも貴重ですから、やるからには少しでも成功率を高めるような戦術がとられていました。特攻機の侵入を支援するために、多くの飛行機が作戦に参加していたことは知られていましたが、米軍がそれらを細かく分析していたことが分かります。さらに一兵士に至るまで、情報を共有しているところが米軍の強さの秘密なんだと思いました。

他にも興味深い説明がありました。1つは、特攻機が先に爆弾を投下してから突入している例の紹介です。第58任務部隊旗艦の空母「バンカーヒル」に突入する映像があって、これは、特攻を取り上げる番組で必ず使われるのですが、その時の記録でも、特攻機は突入する前に爆弾を投下しています。今まで語られていたのは、特攻機は、爆弾を括り付けていたので投下は不可能だったということで、それが特攻の非人道的な面を強調していたのですが、先に述べた片道燃料のことと合わせて、伝えられていた特攻機のイメージと事実は少し違うようです。


整備不良などで、不時着する特攻機も多かったと言われています。(軍需工場では熟練工が徴兵され、学徒動員の学生が旋盤を回してエンジンの部品とか作ってるんですから。)爆弾を抱えたままで基地に帰還なんて怖くてデキませんから、ちゃんと爆弾を捨てられるようになっていたと考えられます。ダメだったら戻って再出撃する方針ならば、爆弾の投下機を付けていたと考える方が自然です。

特攻機の最大の敵は、米軍の戦闘機です。特攻機の9割近くが、敵艦隊に辿り着く前に戦闘機によって撃墜されています。ただし、戦闘機は艦艇の防空射程内には入らないよう決められていました。でないと、味方の飛行機が邪魔で、対空砲を撃てませんからね。逆に云うと、特攻機は敵艦の防空射程内に入り込めば、戦闘機の追撃からは逃れられたわけです。

正攻法で完敗したマリアナ沖海戦を日本が降伏する最初のきっかけと考えるならば、特攻という手段を用いても侵攻を止められなかった沖縄での敗戦が、降伏する最大のきっかけだったことは明らかです。もはや万策尽きたはずの日本軍でしたが、菊水作戦での(微妙な)戦果が、軍部に妙な自信を持たせてしまいました。軍部は特攻を基本戦術とした本土決戦を本気で考えるようになります。

一方、アメリカはジレンマに陥っていました。沖縄戦だけでこれだけの損害が出るのですから、本土決戦を行った時の損害は想像もできません。8月には、ヤルタ会談の密約でソ連が対日参戦することが決まっていました。原爆完成の報告を受け、各国の思惑が交錯する中で、7月26日に「ポツダム宣言」が発表されます。

これに対して日本政府は「黙殺」という態度を表明しました。これは極めて日本的な表現で、表向きはNOだけど本音はYESという意味。(受け入れたいのはヤマヤマなんだけど、軍部の説得も必要だから、ちょっと待って、ということ)無回答も有り得たのですが、何か言うべきという軍部の要求で「黙殺」という表現を使ったとされています。ところがアメリカは、これを「拒否」と受け取りました。8月上旬に起きた悲劇の全ては、日本の自己責任とされたのです。


関連記事です。お時間があれば。

沖縄の陸上戦についてです。

黒島結菜「よっちゃん」と沖縄戦

太平洋戦争開戦についてです。

真珠湾攻撃と航空母艦「蒼龍」