2020年8月21日金曜日

黒島結菜&小関裕太 W主演映画「あしたになれば。」(ネタバレほぼ無し)

あなたが「黒島結菜」さんや「小関裕太」君のファンであったり、ファンでなくとも興味を持っているのであれば、僕はこの映画を強力に薦めよう。「GYAO!」なら9月13日まで無料で視聴できる。


ただ、映画館にチケットを買ってまで見に行くかと言われると考えてしまう。何かのイベントの無料上映会って感じだろうか。配信という便利なものがなければ、とっくに埋もれていた作品に思う。
封切りは2015年。全国ロードショーといっても上映館は10館ほどだったらしい。大阪南河内の2市1町の全面協力で制作された(時々見かける)ご当地映画ってやつだけど、映画の主題歌が「奥 華子」さんの書き下ろしだったりして、結構力が入っている。YouTube動画では、映画の予告編の再生数が10万回位なのに対して、主題歌の再生数は、100万回を超えていた。

両方を合わせてMVっぽくしたのがこれ。


物語の舞台は大阪南東部の羽曳野市、藤井寺市。この辺りは、10年ほど前に観音巡りで訪れたことがある。観音様の縁日は穏やかな日で、葛井寺、野中寺、道明寺とお参りをした。葛井寺には駐車場が無かったから、車を商店街の駐車場に入れたのを覚えている。映画に、アーケード街でヤンキーに絡まれるシーンがあるけど、同じ所を歩いていたようだ。道明寺粉はお土産で売っていたけど、葡萄やイチジク、蜜柑の産地だってことは、映画を観るまで知らなかった。

映画は、よくある「ひと夏の青春ストーリー」ってやつだ。ただし、愛と感動の物語ってほどでもない。ヒロインが不治の病に冒されているわけでもないし、タイムトラベルもしない。解決すべき殺人事件も発生しないし、超能力を使って悪と対決するわけでもない。っていうか、そもそも、この映画は悪人が一人も登場しない。地元のヤンキーとかも出てくるけど、笑えるレベルだ。みんな良い人ばかりである。さらに、クライマックスのシーンが、二人の握手という健全さは、文科省推薦モノである。

ところが、平凡すぎる日常を描いているはずなのに、出来すぎた展開に非リアルを感じてしまう。若い人たちからは、こんな青春なんて有り得ないというコメントが寄せられていた。ところが、中年世代からは、こんな青春を送りたかったという憧れのコメントが寄せられている。この熱量の差は何なんだ?


撮影は6年前の夏に行われたらしい。「小関裕太」君と「黒島結菜」さんのW主演で、あと「葉山奨之」君を入れた3人がメインキャスト。「清水美沙」さん「赤間麻里子」さん「赤井英和」さんたちベテラン俳優が脇を固めている。

赤井さんと赤間さんが主人公の両親で、典型的な河内のおっちゃんとおばちゃんを演じている。まあ、赤井英和さんは、存在そのものが河内のおっちゃんだから、ハマリ役なのは当然ではある。


奨之君は、三浦春馬君が出演して話題になったNHKドラマ「太陽の子」に出ていたが、この映画では主人公の親友で恋のライバル。docomoのCMでは、黒島さんの彼氏だったが、今回はちょっと残念な立ち位置。でも、お調子者の高校生を好演していて、10代の若者たちに云うのも変だけど、彼が一番高校生っぽかった。

裕太君と黒島さんは、日曜劇場「ごめんね青春!」の出演後で、(撮影は映画の方が先だったらしい)この作品が、二人の映画初主演だったようだ。二人は、今年、テレビ東京の「行列の女神」で共演したが、この時以来の久し振りだったらしい。
映画を撮影した2014年の夏というと、黒島さんが沖縄の高校を転校して、本格的に東京で芸能活動を始めた頃にあたる。

裕太君は東京出身で、大阪弁の台詞は音楽を聞く感覚で覚えたそうだ。ちょっとシャイな高校球児で、ポジションはピッチャーという設定。黒島さんとキャッチボールをするシーンがあって、黒島さん、キャッチボールがやたらに上手い。グラブさばきがサマになっているし、投球フォームも違和感なし。たぶんバドミントンのラケットを振る感覚とボールを投げる動きが似ているんだろう。

高校球児にとって、可愛い女の子とキャッチボールをするってのは、甲子園出場と同じくらいの憧れだろう。僕的には、ここが一番のお気に入りシーンだった。

あと、出演者の中で印象に残ったのは、「富山えり子」さん演じる「玉ちゃん」だ。転校してきて友達のいない黒島さんにを声をかける優しい子という設定。演じている富山さんは、ぽっちゃりキャラの個性派女優さんである。このタイプの女優さんは、一定の需要があるようで、たくさんの映画やドラマに出演していて、最近では「ハケンの品格」に出演していたらしい。


こういうキャラの子って、ヒロインの引き立て役とか、イジられ役にされちゃうことが多いけれど、映画の玉ちゃんはチームのリーダー格で、明るくって、可愛くって、頼りがいがあって、ホントに良い子である。このチームは、玉ちゃんが居なければ何も出来ない奴らだ。大きくなったら、浪速の肝っ玉母さんって感じだけれど、彼女は福島出身らしい。

で、黒島結菜さんである。役名は「美希」ちゃん。東京から来た女子高生という設定で、17才の彼女が17才の女の子を演じているのだが、華奢で地黒なので地元の中学生にしか見えない。
これが、浜辺美波ちゃんだったら、もっと東京の女子高生っぽいだろうけど、お嬢様すぎて大阪なんかに転校してきそうもないし、橋本環奈ちゃんは、ノーメイクで映画に出るイメージがそもそもない。

黒島さんを、クラスで一番可愛い女の子と評したコメントがあった。実際は、かなりの美人さんなんだろうけど、上手いこと言い表している。普通で可愛いというのが、10代だった彼女の最大の魅力に思う。にしても、中学生にしか見えない。


黒島さんは、今でも特別に演技が上手いとは思わないけれど、この映画を見ると、この6年間で上手くなったんだなって実感する。周りの子たちが、若手俳優とはいえ子役出身だから余計に感じてしまうのかもしれない。兎に角、芝居のテンションが低くて台詞が硬い。主人公の妹を演じている子役の子の方がよっぽど上手い。

でも、不思議と違和感は感じられなかった。と云うのも、内気な17才の女の子が、特別親しくも無い男子と話をする時って、こんなふうに、不器用でぎこちないものに思うからだ。そういう意味では、素晴らしくリアルな演技といえるが、多分、これは演技では無いだろう。こういう辿々しさ、初々しさってのは、子役上がりでない、この時の黒島さんでなければ表現できない。17才には17才の女優としての価値があるんだと思った次第である。何だか、デビュー当時の原田知世ちゃんを見ている気分になった。

で、演技は進化している黒島さんだけど、ちょっとした仕草とか、リアクションの取り方とかは、23才の今と全く同じだ。こういう素の部分ってのは幾つになっても変わらないんだなぁって思う。


映画のラストシーン。再び転校して行った美希ちゃんから、写真を同封した手紙が送られてくる。
・・・手紙?・・・いつの時代の話だ?

作品解説には、設定年代が書かれていなかったから、てっきりリアルな(2014年)物語だとばかり思っていた。
監督・脚本の「三原光尋」氏は、1964年の生まれとある。だとすると、氏が青春時代を過ごしたのは昭和の最後の10年間だ。この物語の時代設定は、三原氏が青春時代を過ごした1980年代ってことだろうか。南河内が昭和の雰囲気を残した街だというのは確かだけど、いくらなんでも、高校生が手紙を書いたりはしないだろう。だから、昭和の青春像を押しつけられた若者たちからは有り得ないとツッコまれ、ヒロインと巡り会えなかった中年世代は憧れるのだ。黒島結菜が原田知世と被って見えたのも納得出来る。

もし、あなたが小関裕太君や黒島結菜さんのことを知らなくとも、青春時代を過ごした80年代を懐かしく思うのならば、この映画を薦めよう。まあ、100分は長く感じるだろうから、摘まみ食いされたらよろしいかと。

お終いに、主題歌のフルバージョンをMVっぽくしたやつを貼り付けさせていただこう。黒島さんに奥華子さんの歌って、何故かよく似合う。


2020年8月18日火曜日

紀平梨花 ~2つの連続ジャンプから2020年を妄想する~

東京オリンピックの開催が2021年の夏に延期された。2022年には、北京で冬季オリンピックが開催される。冬季オリンピックが開かれるのは二月、つまり、東京オリンピックと北京オリンピックは同じ年度内に開催されることになる。あと一年半後には、北京オリンピックが開催されるのだ。フィギュアスケートにとって今シーズンは、世界選手権の結果でオリンピックの出場枠が決まるという大切なシーズンなのである。
NHK杯とか、全日本選手権とかは、開催することにはなっているが、どうなるのか予想もつかない。羽生君がNHK杯でなく、スケートカナダに出場する可能性もある。フィギュアスケートの観客の99%は、羽生君のファンと云ってよい。大規模なアリーナで特設リンクを設営したって、羽生君が出場しなければ、ガラガラってことも考えられるのだ。
今シーズンの会場が、大阪のラクタブドームと長野のビックハットという半常設リンクに決まったのも、中止や、無観客や、羽生君が出場しないかも、というリスクを考えてのことだろう。

異例続きのシーズンオフだったせいか、今年は外野も騒がしかったように思う。ISUアワードを巡るゴタゴタとか、ジャンプのルール改正の白紙撤回騒動とか、ロシアの女の子たちの移籍もあった。
ザギトワ選手は、スポーツジャーナリストを目指して大学に進学するそうだし(でも、スケートをやめるとは云ってない)、サーシャ(トゥルソワ)とアリョーナ(コストルナヤ)は、プルシェンコ氏のチームに入った。(でも、一緒には練習したくないらしい)

先日、紀平梨花選手について失礼極まりない見出しの記事が投稿されていた。書かれている内容はよくある週刊誌ネタだけど、あのタイトルは酷い。梨花ちゃんはアスリートだけれど、18才になったばかりの女の子だ。
紀平ママと濱田コーチのネタは「だろうねぇ」とは思うけど「だから何?」って感じだし、所属チームの「N高」だって前例がないわけではない。暫定的って云うけど、そりゃ卒業すれば変わるだろう。「先が思いやられる」なんて大きなお世話ですら無い。

唯一の心配と云えば、オーサー氏に師事する話が消えてしまったことだ。まあ、(代わりに参加した?)ランビエール氏の夏季合宿での練習動画や、密になって楽しそうにオフしている写真がSNSにアップされているから良しなのだろう。それにしても、ステファン・ランビエールってホントに良い奴だと思う。


さて、練習動画が投稿されたので、さっそく貼り付けさせていただこう。練習で出来たからと云って、試合で使えるわけではないが、練習で出来なければ何も始まらない。

まずは、3連続ジャンプの動画である。


何と、3A + 1Eu + 3Sという基礎点12.8のジャンプである。梨花ちゃんは、ジュニア時代に 3A+3T+2T(基礎点13.5)というジャンプをノリで跳んでいるが、それに次ぐ高得点のジャンプである。得点が1.1倍になる演技後半に組み込めば凄い破壊力だ。
とは云っても、リスクも大きいから、通常の構成で組み込むことはないだろう。使うとすれば、「降りればメダル、コケれば圏外」みたいな、一か八かの大勝負の時だろうか。まあ、梨花ちゃんの場合、そういう時って大抵失敗するような・・・。
今までの3アクセルからの連続ジャンプは、 3A+3T (基礎点12.2)とか3A+2T(9.3)だった。でも、3A + 1Eu + 3Sは、多少着地が乱れても、真ん中のオイラーで立て直せるし、サルコウは梨花ちゃんが一番得意なジャンプだから、 3A+3Tよりも安定して跳べるように思う。だとすると実戦投入も有りかもしれない。

もう1つの動画は連続ジャンプ。


これは 3F+3Lo 。いわゆる、セカンド・ループってやつだ。フィギュアスケートのジャンプは、全て右足で着地するから、続けて跳ぶセカンド・ジャンプは、右足踏み切りのジャンプに限定される。つまり、トゥループかループの2択である。、左足のつま先で氷を突くトゥループの方が、右足1本でジャンプするループより簡単であるが、基礎点は低い。
梨花ちゃんは、ジュニア時代からずっとセカンドジャンプにトゥループを付けてきた。実は、何でも跳べる梨花ちゃんだが、どちらかと云うと、左足踏み切りの方が安定していて、ループは単独ジャンプでも失敗する確率が高かった。

セカンド・ループを避ける理由は他にもある。

3トゥループの基礎点は4.2、3ループの基礎点は4.9で、差は0.7点しかないが、セカンドで跳ぶ場合の難易度は全然違うそうだ。セカンドにループを付けるためには、最初のジャンプの着地が完璧でなくてはならないし、加速を付けられないためセカンドが回転不足になってしまうことも多い。だったら、セカンドジャンプはリスクの少ないトゥループにして、GOE(出来映え点)を稼いだ方が良い結果を得られる、と云うことになる。

かつて、この難易度の高いセカンド・ループを得意技にしていた選手がいる。ミキティや浅田真央ちゃんだ。特に真央ちゃんは、この動画と同じ「3フリップ+3ループ」をプログラムに入れていた時期があった。
でも、セカンドループの回転不足を厳しく取る傾向が強くなって(真央ちゃんファンは、それをキムヨナ選手に金メダルを取らせるための陰謀と考えている)セカンドループに挑戦する選手は、次第にいなっくなってしまった。

その雰囲気は、今も続いているのだが、それを打ち破ったのが、ロシアの女の子たちである。彼女たちは、リスクをモノともせず、セカンドループを組み入れて、貪欲に得点を積み上げていった。
まあ、これは、ロシア国内で代表権を勝ち取るためでもある。ロシア代表になるのはメダルを取るよりも難しい。フィギュアスケートのジャンプ構成は飽和状態にあるから、ロシアの子たちは、0コンマの得点に拘らなくては勝ち残れないのだ。

僅差の戦いになると0.7は大きい。特にショート・プログラムでセカンドループを組み込むことができれば、6種類のジャンプの内で、難しい方から順に4種類跳んだことになるからだ。(現行ルールの最大値は、①3A  ②3F  ③3Lz+3Loの構成である)

練習中の2つのコンビネーションジャンプは、リスクも大きく、実戦で組み込むかどうかは分からない。

梨花ちゃんの魅力は、そのリカバリー力にある。技の引き出しが多いということは、リカバリーのオプションが豊富だということだし、何が飛び出してくるか分からないエキサイティングな試合が期待できるということだ。
まあ、演技系の競技というのは、決められた構成を完璧に実施できることがベストであって、リカバリーが必要になるのは、本来好ましいことでは無いんだけど・・・。

2019年の梨花ちゃんは、チャレンジして失敗することを嫌がり、構成を落としてでも確実に勝ちを拾おうとしていた。グランプリ・ファイナルでは、4サルコウに挑戦して4位に終わった。普通だったら、チャレンジしたことを良しとするのに、彼女はチャレンジしたことを後悔していた。構成を落としていれば3位に入れたかもしれないと。面白い。本当の負けず嫌いというのは、こういうことなのだろう。

妄想ばかりでつまらない。早く2020年の梨花ちゃんを見たい。

2020年8月12日水曜日

「アシガール」に登場する家族とその魅力③ ~羽木家の人々と、2つの暗殺未遂事件~

原作コミックを忠実に再現していると云われているNHK時代劇「アシガール」だが、細かく見ていくと、悪丸との出会い、成之の登場場面、如古坊のキャラクター設定など、変更されている部分は意外に多い。中でも、大きく変更されているのが、若君の異母兄「羽木成之」のキャラクター設定だろう。
というわけで、今回は、羽木成之についての考察と妄想・・・だったのだが、彼の心の闇は深い。

7.羽木家の人々と成之暗殺未遂事件


まずは、黒羽城主「羽木忠高」を演ずる「石黒 賢」さん。最近では「行列の女神」に出演されていた。


ドラマでの忠高は、命令するばかりである。野外ロケNGなのかなってくらい、自ら出陣しない。かなりヤバい戦も、若君に任せっきりである。多分、全編を通じて1回も出陣していない。まあ、若君に試練を与えて成長させるためってことにしておこう。

その忠高には、男子がもう一人いる。それが「松下優也」さん演じる「羽木成之」である。設定では、若君と同い年で誕生日も数日違いとなっているが、コミックでもドラマでも年上にしか見えない。羽木成之は、物語の最重要キーパーソンで、こういう役を演じるのって、楽しいんじゃないかなって思う。


成之の生い立ちは、ドラマとコミックで大きく異なる。

コミックでは、成之の母「久」は羽木家の奥女中だ。久は忠高と恋仲になって側室に上がったが、忠高が京都の公家の二条家から正室を迎えることになり、二条家に気を遣った羽木家は、久に暇を出してしまう。城から追い出された久は、忠高の子を身籠もっていた。久は、成之を出産して直ぐに病没、成之は寺で育てられたという設定である。時代劇としては王道の設定だ。コミックでの羽木成之は、何の後ろ盾も無い孤独な男である。

ドラマでは、「久」は、とある小領主から差し出された側室ということになっている。城を追われた事情は同様だが、久は病没していない。
やがて、跡目争いが起きることを危惧した家臣が、幼い成之を亡き者にしようと毒殺を謀り、久が代わりに毒を服して倒れてしまう。久は体を壊し、山奥の庵にてひっそりと暮らしているという設定である。

ちなみに、ドラマでは、若君の母「二条の方」は、忠清を出産してすぐに亡くなっている。だから、ドラマでは、母の顔を知らずに育ったのは、成之ではなく若君の方だ。

しかし、これは、かなりチャレンジングな設定だ。武家にとって、男子は大切な跡取りである。乳幼児死亡率の高かったこの時代に、正室に男子が産まれたからといって、側室の男子を亡き者にしようなどと考えるだろうか。それに、側室の子といえども、忠高の実子であるから、暗殺は、主君に対する完全な裏切り行為になる。

正室の子とはいえ、後ろ盾をなくした若君と、小さいながらも領主の娘を母に持つ成之。二人の間に、跡目争いが起きるというのは、有り得る話だが、だからといって、幼少のころから心配することとも思えない。
そもそも、相続争いというのは、取り巻きが起こすものだ。もし、成之の命を狙う者がいるとすれば、それは、久の実家と敵対する勢力、久の実家が勢力を得ることを好ましく思わない人たち、或いは二条家の関係者ということになる。少なくとも、羽木の家中の者の仕業とは考えにくい。忠高が、自分は関知していないと云ったのも、納得できる。

成之暗殺未遂事件に関して、忠高を首謀者とするには無理がある。何よりも、忠高には惣領の指名権がある。我が子を遠ざけることはあっても、命を奪う理由などないからだ。暗殺未遂事件そのものが、最初から無かった(久の服毒は事故だった)可能性だってある。
ただ、成之親子が安全な城内で暮らしていれば、このような事件は起きなかったわけで、忠高が責めを負うとすれば、この点にある。このことについては、ドラマ第12話で、忠高は成之親子に謝罪し、城内で共に暮らすことを許可している。

8.羽木成之の陰謀


人里離れた山寺で隠遁生活を送っていた成之は、異母弟の忠清に請われて、黒羽城で暮らし始める。そして、これを機に成之は陰謀を企てるようになる。

コミックでも、ドラマでも、成之は、忠清を亡き者にして、羽木家の総領に納まろうとする。ただし、その動機は多少異なる。

コミックでの成之は、如古坊と共謀して、羽木家の乗っ取りを謀っている。そこにあるのは羽木家への復讐心というよりも、歪んだ倦怠感にまみれた権力への欲望だ。まあ、幼い頃に捨てられちゃったのだから、素直に育てと云う方が無理な話であろう。

しかし、悪事がバレて如古坊が遁走し、成之が忠清たちと接することによって、彼自身も変わり始める。コミックの如古坊は救いようの無い奴だから、そんな悪い友だちと離れたことが、成之の自力更生につながったとも云える。若君の、己の暗殺を企てた者をも信じて許してしまう、という器の大きさに惚れ込んだってこともあるだろうし、元々、大した信念も無く、謀反を企てていたのだから、羽木家の中での自分の立ち位置を見つけ出せれば、それでOKだったのだろう。全ての罪を如古坊に背負わせちゃった感は否めないが。
ただ、このあたりの成之の台詞は「・・・・。」ってのが多く、彼の心情はブラックボックス化されているから、読者によって解釈はいろいろあろうかと思う。


一方、ドラマの成之の動機は、少し複雑だ。

久は、我が子「成之」を城から追い出し、亡き者にしようとした羽木家を怨んでいる。そして、成之は、母「久」を不自由な体にした羽木家を怨んでいるのだ。その恨みは、忠清を亡き者にし、羽木家を乗っ取ることで晴らすことができると考えている。
成之の第一の目的は、権力を奪うことではない。母の代わりに羽木に復讐すること、それが彼の望みである。羽木家の当主となって母を喜ばせたい気持ちはもちろんあるが、高山と通じることによって、結果的に羽木が滅んだとしても、それはそれで構わないのだ。

成之は、捻くれてはいるものの、純粋な心の持ち主だ。花を愛でたり、虫を慈しんだりする描写がそれを表している。唯之助に対する態度も、コミックよりもずっと優しい。如古坊が陰謀に加担するのも、虐げられていた自分を拾い、人として扱ってくれた成之への想いからである。

成之の陰謀は、母の思いを成し遂げるためであり、母への愛情の具現化である。成之暗殺未遂事件というチャレンジングな設定は、その成之の陰謀を正当化するために必要であり、互いの暗殺未遂事件でチャラにしようってことなのだ。

第10話で、成之の陰謀は、若君の知るところとなり、久は天野家に預けられた。久の心は、天野家の人々と心を通い合わせるにつれ、解きほぐされていく。ここでの「吉乃」の存在は大きい。

とは云っても、若君を暗殺しようとした兄の罪は、あまりにも重い。これを不問に付すなんて有り得ないことだ。だが、若君は成之を信じた。忠清と成之の確執は、(女が絡んでいるので)刃を交えるところまでいってしまうが、それでも信じ続けた。

これでは成之に勝ち目は無い。そもそも羽木を手に入れたところで、成之にはその先の未来が見えていない。だから、ずっと前から勝負はついていたし、それは成之も分かっていたはずだ。認めるのに時間が必要だっただけのことである。

第11話で、久は出陣の挨拶に来た成之に会わなかった。若君救出のための出陣である。会えば成之は母に謝罪したかもしれない。久は会わないことで、自らの怨念から成之を解放したかったのだろう。


高山と通じ、敵役だった成之が、若君と力を合わせて高山軍と対決するシーン。こういうのって昔から何度も見てきたけれど「光堕ち」って云うらしい。
「光堕ち」したキャラの多くは、その犯した罪を償うかのように、物語のクライマックスで命を落としたりすることが多い。しかし、成之は、何事も無かったかのように、阿湖姫を娶り、その知力によって若君に仕えるようになる。

「アシガール」の登場人物に悪人はいない。コミックでもその傾向はあるが、ドラマではさらにそうだ。若君暗殺を企てた成之をも悪人にしない。不思議な物語である。

2020年8月2日日曜日

「アシガール」に登場する家族とその魅力 ② ~天野家と唯之助の出世物語

物語はプロローグが面白い。特に根拠は無いけれど、そう思う。アシガール全編で、僕が特に面白いと思うのは、第一話から第三話までである。一番お金がかかっているのもここだろう。だから、アシラバさんたちの、最初のうちは我慢みたいな書き込みを見ると、そうなのかなぁって思う。確かに、オンデマンドの人気ランキングでも、第2話は、全13話中不動の最下位である。伊藤健太郎君と黒島結菜さんのどちらを軸に視聴しているで変わってくるのだろうか。

と云うわけで、今回は、天野家について妄想してみた。

前回へのリンクです。



3.唯之助の出世物語


天野家は、黒羽城羽木家の重臣で、武勇で仕えた家柄である。唯之助が天野の屋敷に匿われる場面では、広い屋敷に多くの下女が働いている描写があり、コミックにも、天野勢200という記述があるので、羽木の家臣団の中でもズバ抜けた勢力を持っていたことが分かる。

軍事面でも、赤備えの鎧で統一された天野勢は、先鋒や本軍を勤める羽木軍の中核的存在であった。赤備えは、武田軍の「山縣昌景」隊、徳川軍の「井伊直政」隊、大坂の陣の「真田幸村」隊など最強精鋭部隊の象徴であり、天野の赤備えもそれにあやかっての設定であろう。


梅谷村の百姓足軽だった「唯之助」は、駆け比べでのアピールなどが実って、天野家に召し抱えられた。この時の身分は、天野家の下人である。その後、鹿之原の合戦での働きにより、御馬番足軽に取り立てられた。城内にお役目を頂いたのであるから、城への出入りも許されるわけで、(但し、若君のプライベートエリアは不可)第1話で城を訪ねて門番からつまみ出された時と比較すると、かなりの出世である。この時の身分は、正式な足軽、つまり下級武士であるが、唯之助が羽木家直属の家来(直参)になったのか、天野家の家来(陪臣)のままなのかは、よく分からない。

江戸時代になると、直参と陪臣というのは、同じ武士でも天地の差があったらしい。企業ドラマで云えば、本社本店の正社員と子会社の社員、刑事ドラマで云うと、本庁捜査一課の刑事と所轄警察署の刑事の関係である。

天野の家人のままであれば、天野の屋敷に住んでいて、そこから城に通うであろうし、直参であれば、城下の足軽長屋に住まいをあてがわれるはずである。ドラマでもコミックでもこのあたりの描写は省略されているので、判断のしようがないが、何となく、天野の家人のような気がする。戦国時代中期においては、その差はどの程度であったのだろう。

コミック第5巻、ドラマ第8話では、唯之助は、若君の命を助けた功により、御馬番から若君の警護役に取り立てられる。実は、この出世は、これまでとは比べものにならないほどの大抜擢である。


唯之助は屋敷に上がり、殿様に直接お目通りしている。家人であれば庭先までだから、どエライ出世なのが分かる。コミックによると、この時の装束は、天野小平太のお下がりを使って天野信茂(じい)があつらえてくれたものらしい。唯之助は、梅谷村の百姓出身であったので、天野家が彼(彼女)の後見人となっていたのであろう。コミックでは、この時、忠高から「林 勝馬」の名をもらっている。

ドラマ第8話には、阿湖姫が馬を借りにくる場面があったが、姫の申し出を断る時の御馬番足軽の立ち振る舞いを見れば、両者の間の身分の隔たりが分かる。唯之助が阿湖姫と友達になれたのも、若君警護役という身分があればこそなのである。

4.天野家の人々


物語で、天野家は三代揃って登場するが、三人ともキャラが立っていて傑作である。

                 
先代当主は、イッセー尾形さん演ずる「天野信茂」(じい)。今は隠居の身であるが、先代の殿様の元では四天王の一人として活躍し、若君の守役(養育係)も務めた。ドラマでも、コミックでも個性的なキャラであるが、ドラマから入ったファンからすると、コミックのじいは口喧しいだけの印象があって、(唯之助が云うところの)喰えないクソじじい的なドラマの爺の方が魅力的に思う。まあ、これは、イッセーさん自身のキャラによるものであろう。

天野家の現当主「天野信近」を演ずるのは飯田基祐さんである。時代劇も現代劇も何でもこなすベテランの俳優さんで、飯田さんが出演しているドラマとか映画とか、たくさん見ているはずであるが、思い出せない。神木隆之介君と一緒に宝くじのCMに出ていたそうで、CMは見たことがあったが、上司の役だったのは云われるまで分からなかった。でも、映画もドラマもこういう役者さんの存在無くして作れないんだなぁと、実感した次第である。


天野信近は、堅物で根っからの武人という設定だが、ドラマの信近は、爺や唯之助に振り回されるなどコミカルな面も多い。筆頭家老でありながら、偉ぶったところの無い誠実な人柄は、飯田さん自身のキャラでもあろう。コミック12巻の番外編では、唯之助のお袋様「吉乃」との再婚にまつわるエピソードが紹介されている。

天野家の嫡男「天野小平太」を演じるのは、(はんにゃ)の金田哲さんである。はんにゃの金田なのに、ドラマではボケない。コメディーにお笑い芸人が出演しているのに、一切ボケない。この視聴者への裏切り度はハンパないであろう。剣道経験者だそうで、若君との剣術の稽古での剣さばきは、普通に格好いい。芸人さんっていうのは、ホントに何でも出来るんだなって思う。


金田哲さんは、今年公開の映画「燃えよ剣」に出演するそうだ。主役の土方歳三には岡田准一さん。近藤勇に鈴木亮平さんという豪華な顔ぶれであるが、金田さんは、八番隊隊長「藤堂平助」を演ずるらしい。ちなみに 、藤堂平助は、大河ドラマの「新撰組!」では、中村勘九郎さんが演じた人気の役である。

小平太は、若君と常に行動を共にしている近習で、7才の時から、3才年下の若君に仕えていたことになっている。恐らく、守役であった天野信茂が、若君の御学友というか、遊び相手として、自分の孫を連れてきたのであろう。乳母子の例と同様に、幼君と一緒に育った家臣の子は、互いが厚い信頼関係で結ばれて、幼君が成人した時には最も忠実な家臣となる。天野家は、羽木家の重臣の家柄であるが、小平太の存在により、若君の代になっても、筆頭家老の地位が保証されていることになる。


物語には、もう一人、「赤井源三郎」という近習が出てくる。こちらは重臣千原家の縁者で、設定年齢は小平太と同じだそうだが、立ち振る舞いから小平太より若干身分が低いように思える。小平太は、若君に苦言を呈することもあるが、源三郎は、ひたすら忠義を尽くす近習である。若君にとっては、最も使い勝手の良い家来といえよう。


5.正室への伏線


永禄にタイムスリップした唯を助け、引き取ってくれたのが、梅谷村の百姓「吉乃」である。第8話では、吉乃が足軽大将「きうちやすまさ(木内康正?)」の娘であったことが明かされる。当時の軍団は、総大将→侍大将→足軽大将→足軽小頭→足軽→雑兵と構成されている。足軽大将は100人ほどの足軽を束ねる実戦部隊の指揮官であり、海軍でいうと巡洋艦や駆逐艦の艦長クラスであろうか。中流武家の娘が、なぜ百姓として暮らしていたのかは明らかにされていない。

吉乃は、唯之助が若君拐かしの疑いで、お尋ね者になっていたときに、尋問のために引き立てられて来たことが縁で、天野信近に見初められた。吉乃が信近の後妻になったことで、形式的ではあるが、唯は天野家の養女になった。この意味は大きい。アシガールは、時代考証などで杜撰なところもあるのだが、こういう伏線の張り方は見事である。

戦国時代にも江戸時代にも、身分を越えた恋愛はあった。でも、正式に婚姻関係を結ぶには、やはり身分を整える必要があったわけで、その時に使われたのが、身分の高い家の養女になるという方法である。

真田家と徳川家が同盟を結んだときに、「真田信之」と本田忠勝の娘「小松姫」が結婚することになった。真田家の嫡男と徳川家の重臣の娘であるから、身分的には、まあまあ釣り合っていると思うのだが、家康は小松姫を自分の養女にしてから結婚させている。つまり、家康の娘と結婚したことにしたのだ。信之を見込んだ家康のラブコールである。形式的なことに過ぎないが、関ヶ原の戦いでは、信之は義理の父である家康方に付くわけで、やはり形式は大事なのだ。

面白いのは、唯は、若君と結婚するために天野家の養女になったのではない、というところである。重臣の娘であれば、若君との結婚に問題はない。が、吉乃が再婚したのは、唯が平成に戻っている間である。唯は自分の知らないうちに天野家の養女になっていた、つまり形式の方が勝手に整ったのである。


この婚姻は、天野家にとっても、喜ばしいことである。天野家の娘が羽木家の跡取りを産むことになれば、天野家は、領主の外戚となるからだ。ライバルの千原家が面白くないのは当然のことである。
しかし、正室となると話は別である。正室の座は他国のと同盟関係に使う重要なカードであるから、忠高が難色を示したのも当然のことであろう。

6.唯之助の弟たち


吉乃には、三人の男子がいたことになっている。「弥之助」は小垣の戦で死んでしまい、代わりに転がり込んできたのが唯之助である。
弥之助の弟たちが「三之助」と「孫四郎」である。数字が合わないのは、幼くして死んでしまった兄がいたということであろうか。後妻と連れ子たちである。


「三之助」は、聡明な男の子という設定である。14巻では、平成からやってきた「尊」から数学の手ほどきを受けたりもしている。天野家の三男として、成人したら、知力をもって緑合藩を支えることになるであろう。とすると、天野家の四男の「孫四郎」は、武力で仕える設定であろうか。・・・ん、数字が合ってる?

子役が大きくなるのは早い。続編を制作するとき、弟たちってどうするんだろう。