というわけで、今回は、羽木成之についての考察と妄想・・・だったのだが、彼の心の闇は深い。
7.羽木家の人々と成之暗殺未遂事件
まずは、黒羽城主「羽木忠高」を演ずる「石黒 賢」さん。最近では「行列の女神」に出演されていた。
ドラマでの忠高は、命令するばかりである。野外ロケNGなのかなってくらい、自ら出陣しない。かなりヤバい戦も、若君に任せっきりである。多分、全編を通じて1回も出陣していない。まあ、若君に試練を与えて成長させるためってことにしておこう。
その忠高には、男子がもう一人いる。それが「松下優也」さん演じる「羽木成之」である。設定では、若君と同い年で誕生日も数日違いとなっているが、コミックでもドラマでも年上にしか見えない。羽木成之は、物語の最重要キーパーソンで、こういう役を演じるのって、楽しいんじゃないかなって思う。
成之の生い立ちは、ドラマとコミックで大きく異なる。
コミックでは、成之の母「久」は羽木家の奥女中だ。久は忠高と恋仲になって側室に上がったが、忠高が京都の公家の二条家から正室を迎えることになり、二条家に気を遣った羽木家は、久に暇を出してしまう。城から追い出された久は、忠高の子を身籠もっていた。久は、成之を出産して直ぐに病没、成之は寺で育てられたという設定である。時代劇としては王道の設定だ。コミックでの羽木成之は、何の後ろ盾も無い孤独な男である。
ドラマでは、「久」は、とある小領主から差し出された側室ということになっている。城を追われた事情は同様だが、久は病没していない。
やがて、跡目争いが起きることを危惧した家臣が、幼い成之を亡き者にしようと毒殺を謀り、久が代わりに毒を服して倒れてしまう。久は体を壊し、山奥の庵にてひっそりと暮らしているという設定である。
ちなみに、ドラマでは、若君の母「二条の方」は、忠清を出産してすぐに亡くなっている。だから、ドラマでは、母の顔を知らずに育ったのは、成之ではなく若君の方だ。
しかし、これは、かなりチャレンジングな設定だ。武家にとって、男子は大切な跡取りである。乳幼児死亡率の高かったこの時代に、正室に男子が産まれたからといって、側室の男子を亡き者にしようなどと考えるだろうか。それに、側室の子といえども、忠高の実子であるから、暗殺は、主君に対する完全な裏切り行為になる。
正室の子とはいえ、後ろ盾をなくした若君と、小さいながらも領主の娘を母に持つ成之。二人の間に、跡目争いが起きるというのは、有り得る話だが、だからといって、幼少のころから心配することとも思えない。
そもそも、相続争いというのは、取り巻きが起こすものだ。もし、成之の命を狙う者がいるとすれば、それは、久の実家と敵対する勢力、久の実家が勢力を得ることを好ましく思わない人たち、或いは二条家の関係者ということになる。少なくとも、羽木の家中の者の仕業とは考えにくい。忠高が、自分は関知していないと云ったのも、納得できる。
成之暗殺未遂事件に関して、忠高を首謀者とするには無理がある。何よりも、忠高には惣領の指名権がある。我が子を遠ざけることはあっても、命を奪う理由などないからだ。暗殺未遂事件そのものが、最初から無かった(久の服毒は事故だった)可能性だってある。
ただ、成之親子が安全な城内で暮らしていれば、このような事件は起きなかったわけで、忠高が責めを負うとすれば、この点にある。このことについては、ドラマ第12話で、忠高は成之親子に謝罪し、城内で共に暮らすことを許可している。
8.羽木成之の陰謀
人里離れた山寺で隠遁生活を送っていた成之は、異母弟の忠清に請われて、黒羽城で暮らし始める。そして、これを機に成之は陰謀を企てるようになる。
コミックでも、ドラマでも、成之は、忠清を亡き者にして、羽木家の総領に納まろうとする。ただし、その動機は多少異なる。
コミックでの成之は、如古坊と共謀して、羽木家の乗っ取りを謀っている。そこにあるのは羽木家への復讐心というよりも、歪んだ倦怠感にまみれた権力への欲望だ。まあ、幼い頃に捨てられちゃったのだから、素直に育てと云う方が無理な話であろう。
しかし、悪事がバレて如古坊が遁走し、成之が忠清たちと接することによって、彼自身も変わり始める。コミックの如古坊は救いようの無い奴だから、そんな悪い友だちと離れたことが、成之の自力更生につながったとも云える。若君の、己の暗殺を企てた者をも信じて許してしまう、という器の大きさに惚れ込んだってこともあるだろうし、元々、大した信念も無く、謀反を企てていたのだから、羽木家の中での自分の立ち位置を見つけ出せれば、それでOKだったのだろう。全ての罪を如古坊に背負わせちゃった感は否めないが。
ただ、このあたりの成之の台詞は「・・・・。」ってのが多く、彼の心情はブラックボックス化されているから、読者によって解釈はいろいろあろうかと思う。
一方、ドラマの成之の動機は、少し複雑だ。
久は、我が子「成之」を城から追い出し、亡き者にしようとした羽木家を怨んでいる。そして、成之は、母「久」を不自由な体にした羽木家を怨んでいるのだ。その恨みは、忠清を亡き者にし、羽木家を乗っ取ることで晴らすことができると考えている。
成之の第一の目的は、権力を奪うことではない。母の代わりに羽木に復讐すること、それが彼の望みである。羽木家の当主となって母を喜ばせたい気持ちはもちろんあるが、高山と通じることによって、結果的に羽木が滅んだとしても、それはそれで構わないのだ。
成之は、捻くれてはいるものの、純粋な心の持ち主だ。花を愛でたり、虫を慈しんだりする描写がそれを表している。唯之助に対する態度も、コミックよりもずっと優しい。如古坊が陰謀に加担するのも、虐げられていた自分を拾い、人として扱ってくれた成之への想いからである。
成之の陰謀は、母の思いを成し遂げるためであり、母への愛情の具現化である。成之暗殺未遂事件というチャレンジングな設定は、その成之の陰謀を正当化するために必要であり、互いの暗殺未遂事件でチャラにしようってことなのだ。
第10話で、成之の陰謀は、若君の知るところとなり、久は天野家に預けられた。久の心は、天野家の人々と心を通い合わせるにつれ、解きほぐされていく。ここでの「吉乃」の存在は大きい。
とは云っても、若君を暗殺しようとした兄の罪は、あまりにも重い。これを不問に付すなんて有り得ないことだ。だが、若君は成之を信じた。忠清と成之の確執は、(女が絡んでいるので)刃を交えるところまでいってしまうが、それでも信じ続けた。
これでは成之に勝ち目は無い。そもそも羽木を手に入れたところで、成之にはその先の未来が見えていない。だから、ずっと前から勝負はついていたし、それは成之も分かっていたはずだ。認めるのに時間が必要だっただけのことである。
第11話で、久は出陣の挨拶に来た成之に会わなかった。若君救出のための出陣である。会えば成之は母に謝罪したかもしれない。久は会わないことで、自らの怨念から成之を解放したかったのだろう。
高山と通じ、敵役だった成之が、若君と力を合わせて高山軍と対決するシーン。こういうのって昔から何度も見てきたけれど「光堕ち」って云うらしい。
「光堕ち」したキャラの多くは、その犯した罪を償うかのように、物語のクライマックスで命を落としたりすることが多い。しかし、成之は、何事も無かったかのように、阿湖姫を娶り、その知力によって若君に仕えるようになる。
「アシガール」の登場人物に悪人はいない。コミックでもその傾向はあるが、ドラマではさらにそうだ。若君暗殺を企てた成之をも悪人にしない。不思議な物語である。
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