2015年11月22日日曜日

「風の墓標」湯口聖子  ~鎌倉北条氏へのレクイエム~

 「カマクラー」と呼ばれている方々をご存じでしょうか、歴史ファンの中でも、鎌倉北条氏をこよなく愛し、「巡礼」と称して鎌倉を訪れ、滅び去っていった北条一門に思いを馳せている歴女たちのことです。彼女たちは、小町通りのようなカップルだらけの観光スポットには出没せず、北条時房邸跡とか、北条高時腹切りやぐらなど、行楽期でもほとんど人影の無いような場所に佇んでいます。もし、鶴岡八幡宮でお参りもせずに、入り口の赤い橋で思いを馳せている女性がいましたら、間違いなく「カマクラー」です。きっと赤橋四郎範時のことでも考えているのでしょう。

 彼女たちのバイブルが「風の墓標」であり、彼女たちを導いたのが「湯口聖子」さんです。湯口さんは、漫画家としては、それほど有名でも無く、画風も何処にでもある少女漫画なんですが、鎌倉時代に特化した歴史漫画を発表している方です。漫画家が鎌倉時代を取り上げたというよりは、鎌倉ファンが漫画を描いていると言った方が正確だと思います。

 彼女の作品は、夢語りシリーズと呼ばれ、その全てが、鎌倉関連の作品です。「風の墓標」は、唯一の長編漫画で、シリーズの中核になるものです。僕が持っているのは、「風の墓標・全5巻」のみなんですが、このコミックは、現在絶版になっているようで、Amazonで5巻セットで25000円の値段が付いていました。一冊390円のコミックが5000円ですよ。本当に売れるのなら、売りたいですw


 物語の舞台は、後醍醐天皇の倒幕運動が始まる正中の変から、鎌倉幕府の滅亡までの約10年間です。主人公は、最後の執権となった北条(赤橋)守時の弟、「赤橋四郎範時」で、彼は架空の人物のようですが、他に、「足利直義」と最後の六波羅探題「北条仲時」という歴史好きには、なんともたまらないマニアックなキャラクターが主要人物として登場します。

 うやむやな感じで、なんとなく滅亡していった室町幕府や、滅亡と云いながら、その悲劇を会津藩などに押しつけた江戸幕府と違って、鎌倉幕府の滅亡は、正に滅亡という言葉通りの凄まじさでした。特に、北条一門の悲劇は、北条目線から全く語られることが無かっただけに、この作品のもつ意味は大きいと思います。

 物語は、典型的な少女漫画の、お目々キラキラな登場人物が、これまた典型的な少女漫画っぽい、若者の恋愛ストーリーを織り交ぜて進んでいきます。ただ、普通の少女漫画と決定的に違うところは、彼らと彼女たちが、いずれ北条氏滅亡とともに死んでしまうことが、読者に分かっていることです。戦の場面なんて、本当に稚拙で、ぎこちない描き方なんですが、このギャップが、この作品が持つ魅力なのかもしれません。まさか、計算してやっているわけでは無いと思いますけど。

 以前、僕は人生において、聖地巡りをしたことが無いと宣言しましたが、そう云えば、滋賀県湖北の観音巡りの帰りに、米原の蓮華寺に立ち寄ったことがありました。蓮華寺には、足利高氏に裏切られ、京から鎌倉へ落ち延びていく途中で進退窮まり、この地で自害した、六波羅探題「北条仲時」以下、主従432名の五輪塔や過去帳があります。これが証拠の写真です。僕が撮ったんですよ。


 蓮華寺に伝わる過去帳には、まだ十代半ばの若武者の名前もありました。僕が見たのはレプリカなんですけど、それでも涙を誘います。この場面は、第4巻に収録されているんですが、何度読み返しても、泣けてきます。いい歳をしたおじさんが、少女漫画を読んでいて泣いているところなど、絶対人に見られては、いけないことなんですが・・・w

 もう1つは、何と云っても、北条高時自害の場面ですね。遊興に耽り、政務を顧みず、北条氏を滅亡に追いやった張本人なのですが、それでも、最後の場面には、心打たれるものがあります。内管領「長崎円喜」をモデルにしたと思われる人物の「人には、決して譲れぬ一線というものがあります。」という台詞は、何度読み返しても泣けてきます。
 北条高時も長崎親子も、今まで典型的な悪役として描かれ続けてきましたし、この作品でも悪役であることに変わりは無いのですが、彼らでさえ、どことなく憎めないという感情を読者に持たせてくれるのが、作者の北条氏への想いであり、この作品が多くの歴女から指示される理由の1つだと思います。

 「太平記」によると、北条高時と共に自害した者は、北条一族283人、家臣870人とあります。この表記に関しては、その数があまりにも多いために誇張があるなどと言われてきましたが、仲時とともに自害した432名が事実ならば、1000人を超えるこの数字だって、信憑性がないとも言えません。いずれにしても、多くの一族、家臣達が、彼を最後まで見捨てなかったことは事実です。まあ、その団結力が諸国の武将達から嫌われた遠因なのかもしれませんが。

 鎌倉なんて、いつも混んでるし、若いカップルばかりだし、寺院は仏像拝観者に冷たいし、物価は高いし、お土産も鳩サブレぐらいってことで、もう行き尽くした感があるんですが、この作品を読み返してみたら、また行ってみたくなりました。

 いなり寿司でも買って、巨福呂坂を訪ねてみましょうか。何も無いことは分かっていますけど、最後の執権「北条守時」に想いを馳せるために。

0 件のコメント: