2020年3月22日日曜日

「Don't Know Why」ノラ・ジョーンズ&松浦亜弥 ~直訳・意訳・訳詞の話~

夏目漱石が旧制松山中学の教員だった時の話である。「I love you.」を「我、君を愛す。」と訳した学生に、「そんな日本語は無い。そういうときは「月が綺麗ですね」とでもしておくものだ。」と教えたそうだ。まあ「I am a cat.」=「我が輩は猫で或る」なんて云う日本語だって似たようなものだから、漱石がホントに言ったか怪しいものだが、意訳の難しさを表す有名なエピソードではある。ちなみに、二葉亭四迷は、それを「死んでもいいわ。」と訳したそうだ。

で、松浦亜弥さんのカバー曲にノラ・ジョーンズさんの「Don't Know Why」があって、頑張って英語で歌っているのだが、これがあまり戴けない。彼女の発音があまりにも昭和的カタカナ英語なのが理由の1つなのだが、かといって、訳詞で歌うよりはマシなのだろうとずっと思っていた。やはり英語の歌は英語で歌うべきだと。
でも松浦亜弥さんが「Feel Your Groove」を日本語で歌っているのを聴いて、ちょっと考えが変わってきた。本当の意味で心に響いてくるのは、ネイティブで語ったときかもしれないからだ。

というわけで、松浦亜弥さんには「Don't Know Why」を是非とも日本語で歌って欲しいのである。僕は、日本語の表現力は、英語に劣るとは思っていないし、なにより彼女なら、きっと素敵な「Don't Know Why」をパフォーマンスできると思うからだ。

原曲・原詞は次の通りである。


   「Don't Know Why」
I waited 'til I saw the sun
I don't know why I didn't come
I left you by the house of fun
I don't know why I didn't come
I don't know why I didn't come
When I saw the break of day
I wished that I could fly away
Instead of kneeling in the sand
Catching teardrops in my hand
My heart is drenched in wine
But you'll be on my mind
Forever
Out across the endless sea
I would die in ecstasy
But I'll be a bag of bones
Driving down the road alone
My heart is drenched in wine
But you'll be on my mind
Forever
Something has to make you run
I don't know why I didn't come
I feel as empty as a drum
I don't know why I didn't come
I don't know why I didn't come
この楽曲で何回も登場する重要なフレーズが「I don't know why. I didn't come.」である。直訳すると「自分でもどうしてなのか分からない。私は彼のところに行かなかった。」であろうか。これ、何と意訳すればいいんだろう。もちろん唱えるようにである。って、なんで「come」なんだ?

どうやら「此処に来なかった」という意味らしい。ただし、この場合の此処というのは、彼氏にとっての此処であるから、彼女にとっては「そっちに行く」になる。したがって「I didn't come.」は、漠然と行かなかったのではなくって「彼のもとに行かなかった」となるのだそうだ。

さすがに直訳文は長いので、いろいろと調べて「どうして私 行かなかったんだろう」としてみた。我ながら、なかなかの名訳に思う。

でも検索すると、同じ英文から和訳したとは思えない文章が出てくる。訳文といっても、ほぼ創作文みたいなものだ。

例えば、I feel as empty as a drumの「drum」の解釈1つとっても、太鼓とか、ドラム缶とかいろいろあって、様々な解釈に基づいた全然違う訳文が出てくる。
僕らの感覚から云うと、太鼓とドラム缶は全然ベツモノだ。でも向こうの人に「drum」って太鼓なのドラム缶なのって聴いても、ドラムはドラムだよって答えると思う。密閉されて中身の無いものは全部ドラムであって、概念からして違うのだ。つまり、ここを太鼓とかドラム缶とか訳してしまうと、踏み込みすぎってことになる。

で、あっちこっちからパクって、取りあえずまとめてみたのがこれである。
「Don't Know Why」
ずっと待っていたの 朝日を見るまで
でも私 行かなかった 何故だか分からないけど
あなたとの思い出を傍らに置いたまま
どうして私 行かなかったんだろう
どうして私 行かなかったんだろう
夜明けを見た時に、このまま飛んで行けたらと思った
砂の上にひざまずき この手に涙を受け止めても
心をワインに浸してみても あなたを忘れるなんてできない
いつまでも
果てしない海の彼方なら エクスタシーに浸れるというの
ああ 私は消えてしまいそう 孤独に車を走らせながら
心をワインに浸してみても あなたを忘れるなんてできない
いつまでも
何で あなたは 去ってしまったの
でも私 行かなかった 何故だか分からないけど 
私の心は 空っぽ
どうして私 行かなかったんだろう
どうして私 行かなかったんだろう
ところが、このままでは歌えない。このブログでも何回か取り上げたが、日本語はわずかな情報量しか歌に載せられない、特殊な言語だからだ。

リンクです。人工知能搭載型ボーカロイド「初音ミクAI」への道③ ~歌詞って何だろう~

俳句は「わずか」17音って云うけど、英語や中国語では17音節あると、かなりの情報量を盛り込めるから、普通の詩になっちゃうそうだ。(そのため、英語俳句は5・7・5でなく2・3・2で作るらしい。)
その違いは、他言語は音符1つに1音節を当てられるのに対して、日本語の場合は音符1つに1音(ひらがな1つ)しか載せられないところにある。Don't・Know・Whyは音符3つで唄えてしまうが、日本語では、「な・ぜ・だ・か・わ・か・ら・な・い」と9つも必要になるのだ。「なぜだろう」でも5音必要だ。

ノラ・ジョーンズさんは「I don't know why. I didn't come.」を音符9個で唄っているので、日本語でも唄えるようにするには、ひらがな9個で意訳しなければならない。これが訳詞(歌詞訳)である。「好きな人と一緒に行くことを躊躇ってしまったことへの後悔の念」を9文字で表せと云うのである。
さらに歌いやすくするためには、形式を整えたり、ある程度は韻を踏んだりもして欲しい。

では、この難題に果敢にチャレンジしている動画を3つばかり貼り付けさせていただこう。裏技として、早口で歌ってしまうと云うのもあるのだが、此処では邪道とさせて頂く。

             
「たちつくす ばかーり」


「行かなかった」を「立ち尽くす」と裏の意味で表すことによって、より喪失感が出ているように思う。なかなかの力作であるが、言葉をかなり削ってしまったので、原詩の世界観が無くなってしまったのが残念である。


「わたし ここに いたの」


完成度も高いし、原詩へのリスペクトも感じられる。女性ボーカルだったら、マジで泣けるかも。「わたしここにいたの」を「立ち尽くすばかり」に入れ替えたら、さらに素晴らしくなる予感。


「なして いがね けんだべ」


山形弁歌手「朝倉まや」さんのカバーである。有名な動画なので、ご存知の方も多いかもしれない。「なして」という言葉が、魂の叫びにも聞こえてくる。イントネーションが英語似なのも東北弁の強みといえよう。
そういえば、昔、福島県人の爺さんに「福島弁も山形弁も同じ様なものだね」と云ったら「ふぅくすまべんと やぁまがたべんは、じぇーんじぇん ちがうっぺしたぁ」と怒られたことがあったっけ。

要は、限られた音数で如何に表現するかである。英語の原詩のように、1つ1つの文に「I」とか「You」とかを付けている余裕などないのだ。(ほとんど発音してないけど)
結果として、これは歌詞の曖昧化を招くことになる。「立ち尽くすばかり」は名訳なのだが、彼氏に置いてけぼりをくらったという解釈もできてしまうからだ。

このように日本語の歌詞は、「先生、おしっこ!」みたいに主述の整った文章になっていないから、誰が誰に何をしたのかが、ハッキリしないものも多い。「横浜・黄昏・ホテルの小部屋」なんてのは、静物画を見せといて、そちらで物語を想像してくれって云われているに等しい。

日本の歌って、言葉が足りなくても君ならば僕の云うこと分かってくれるよねって感じで、聴き手の感性に頼らざるを得ないところがあって、そこが、日本語の歌の叙情であり、日本語訳詞の難しさなんだと思う。

最後に、松浦亜弥さんの「上海ライブ2006」でのテイクを貼り付けさせていただいて、お終いにしようと思う。


実は、原曲の著作者からすると、日本語の訳詞は許せないものらしい。原詞の内容を著しく損なっているので、正式なカバー作品として認められないと云うのだ。それが原因で、著作権者の許可が下りずに商品化できないなんてこともあるそうだ。
つまり、松浦亜弥さんが日本語詞で歌ってCD化するとなると、新たな著作権の手続きが必要となって、訳詞が気に入らなければ、(金を積めば別かもしれないが)不許可という可能性も出てくることになる。
でも、内容に手を加えずに英語の歌を日本語で唄えるようになんてできるのだろうか。

・・・・やっぱり、これが一番良いかも。

2 件のコメント:

アヤまる さんのコメント...

連投ありがとうございます。

亜弥さんは耳もいいし正確に音を出せるので、練習すればネイティブのような発音もできると思いますが、あれだけきれいな、そして微妙なニュアンスを伝えられる日本語歌唱の達人ですから、やはり私も日本語で表現して欲しいと思います。

Feel Your Grooveもいいですが、Rock my bodyも素晴らしいと思います。The differenceはちょっと訳に無理があるような気もします。原曲知りませんが。

「アナと雪の女王」は亜弥さんがもしお休み中でなければオファー来たと思います。そしたら今頃、あの声と歌唱で世界を驚かせていただろうにと思うと誠に残念。

亜弥さんにぴったりな曲を探して大sansanの訳詞で提供してみてはいかがですか?
YouTubeでも発信できるフリーな立場ですから乗ってくるかもしれませんよ。



さんのコメント...

そうですね。今はYouTubeがありますから、その気になれば、すぐにでも発信できるんですよね。
「アナと雪の女王」だって、勝手に動画発信しちゃえば良いのにって思いますw

そういえば、最近は、めっきり洋楽が流れなくなりましたけど、どんな曲が流行っているのでしょうね。