2019年7月31日水曜日

NHKドラマ「アシガール」~謎に満ちた永禄2年という設定~

永禄2年は、西暦で云うと1559年だそうだ。で、物語における現代とは、ドラマでは平成29年(2017)、コミックの連載開始だと平成23年(2011)となり、年数差は、それぞれ458年、452年となって、ずいぶん中途半端な印象を受ける。

ドラマでは、唯之介は城下の商人から永禄2年であることを教えてもらうのだが、コミックではそのような場面は描かれていない。ただ、平成に戻ってきたときに、制服の上着を永禄2年に置いてきたみたいなことを云っているので、戦国で生きていた1ヶ月の間に、永禄2年という年を知ったのだろう。当然のことながら、永禄2年が西暦1559年にあたることは、郷土史家でもある社会科の木村先生に教えてもらうまでは、知らなかったようである。

それにしても、何で、永禄2年という年代設定にしたのだろう。

実は、「アシガール」の時代考証については、意外と杜撰だなと思わせるところも多い。その中で、最も象徴的で、多くの歴史ヲタクから指摘されているのが「黒羽城」で或る。戦国時代中期だと云うのに、黒羽城には、立派な石垣に囲まれた5層7重の天守閣がそびえ立っている。特に、一階部分が石垣からハミ出ているのは、「張出造り」という独特の構造で、これは熊本城が有名なのだが、熊本城が加藤清正によって築城されたのは、1600年で・・・っていうか、黒羽城は、熊本城そのままである。原作者の「森本梢子」さんは熊本の方だそうだから、郷土愛ゆえの設定ということで、理解しておこう。

僕は、日本のコミックというのは、作品を描くにあたっては、スタッフさんたちを使って、膨大な資料を収集して描いているのだと思っていたし、そのクオリティーがあるから、海外からも高く評価されているのだと思っていたのだが、原作者さんは、そういうところは、あまり気になさらない方らしい。まあ、読者に分かりやすく伝えるためにワザとそうしている可能性も無くはないが・・・。

でも、嬉しいことに、ドラマ判の黒羽城は、NHKの時代考証と大河ドラマで培った技術力で、戦国中期の地方領主の居城に相応しい造りとなって蘇っている。NHK時代劇スタッフのフォローは、この他にも、至る所で見受けられるのだが、「アシガール」は、素敵なStoryを構成してくれた森本梢子さんと、それを見事な映像にしてくれたNHK時代劇スタッフの両方があってこその、名ドラマだと云えよう。


さて、アシガールは云うまでも無く架空の物語であるが、その中に登場してくる実在の人物が「織田信長」である。唯一と云っていい。原作者が織田信長を強く意識して、物語の構成を考えているのは明らかだし、架空の物語を実際の歴史と関連付ける作業を試みるときに、手がかりとなるのも織田信長である。

信長の登場によって、ストーリー的には多くの制約を受けることになる。「むかしむかし、あるところに・・・」では済まなくなる反面、物語に凄い緊張感を与えることになるわけで、信長を登場させた原作者のセンスは高く評価したい。

ただ、永禄2年の「織田信長」は・・・と云うと、1559年は「桶狭間の戦い」の前年であるから、信長の年齢は25才である。若君の設定年齢が18才であるから、二人は、7つしか年が離れていないということになる。意外と近い。

当時の織田信長は、家督を相続して、ようやく尾張一国を統一できた頃で、家臣からは「うつけもの」と呼ばれていた時期で或る。この頃の信長は、自ら全軍を率いて戦に明け暮れていて「桶狭間の戦い」で信長が動員した兵力は、3,000人あまりに過ぎない。物語のように、家臣に何千人もの兵を預けて派遣するなんて、有り得ない頃なのだ。

さらに、羽木家の宿敵高山軍には鉄砲足軽がいて、規模は小さいながらも鉄砲隊が編制されている。これは凄い。永禄2年の頃に、こんな鉄砲隊を運用できていた高山軍は、恐るべき戦国大名ということになるのだが、その財力は何処から得ていたのだろう。

そして、永禄4年のころには、羽木家は信長の家臣「相賀某」の侵略を受けるのであるが、当時の信長の勢力範囲から考えると、羽木も高山も、尾張周辺に領国を持っている地方大名ということにならざるを得ない。冬になると山道が雪に埋もれて動けなくなる、なんて設定もオカシイ。

挙げ始めればキリが無い。要は、永禄2年という年代設定が、アシガールのストーリー展開に大きな足枷となっているのである。
何で永禄2年にしたのだろう。永禄2年でなければならない理由は、どこにあるというのだろう、

僕は、初めてドラマを見たときに、木村先生の「翌年が、あの有名な桶狭間の戦いだ。」という台詞にひっかかった。桶狭間の戦いってそんなに有名だったかなと。で、今回いろいろと考えていくうちに、これって、「長篠の戦い」のことではないだろうかと考えるようになった。実は、「桶狭間の戦い」と「長篠の戦い」というのは、取り違えられることが多くって、中学生が歴史のテストでよく間違えるところでもある。そういう設定で考え直してみると、いろいろとツジツマが合ってくる。

長篠の戦いは、桶狭間の戦いから15年後、天正3年(1575)である。翌年には、安土城の築城もはじまり、信長は「天下人」となっていく。この頃は、信長の命を受け、彼から軍勢を預けられた「木下藤吉郎」や「明智光秀」などの有力な家臣が、最前線で戦っている。まさにアシガールで描かれている時代なのだ。鉄砲隊の存在にも矛盾は無い。


やはり、アシガールの年代設定は、天正2年(長篠の戦いの前年)が自然なのだと思う。

誤解しないでいただきたいのは、僕は、原作者が「桶狭間」と「長篠」を取り間違えるミスを犯したと云っているのではない。原作者は国立大学の教育学部卒だし、そんなことは、ちょっと考えれば分かるはずだし、スタッフさんだって何人もいる。黒羽城だと云って、熊本城を描いたり、戦国時代のお姫様に十二単を着せるノリでいくのならば、「永禄」って如何にも戦国時代っぽくて格好いい、なんて理由で設定したとしても可笑しくないからだ。

原作者が描きたかったのは、時空を越えてハッピーエンドで終わるラブ・コメディーだと思う。だから細かい年代設定など、どうでも良いことなのかもしれない。コミックのストーリー展開は秀逸だし、ドラマの伊藤健太郎君は格好いいし、黒島結菜さんは可愛いし。ただ、どうでも良いのであれば、天正2年にして欲しかった。それだけのことである。

やがて、永禄2年という年代設定は、 戦国時代で暮らす2人に大きな試練を与えることになる。第13巻以降で展開している第2章では、戦国時代で結ばれた2人が、厳しい時代を生き抜いていく姿が描かれていくことになるようだ。永禄2年という設定だと関ヶ原の戦いまでは41年ある。その時、若君は59才なのだ。これが、天正2年だったら44才である。この差は大きい。

永禄2年と云う年代設定の最大の犠牲者は、若君と唯の2人だと云えなくも無い。

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