2020年7月18日土曜日

戦国時代劇としての「アシガール」 ~羽木VS高山の合戦を検証する~

NHKラブコメ時代劇「アシガール」。再放送からの再ブレイク凄かったですね。NHKオンデマンドのドラマ部門ランキングでは、大河や朝ドラを押しのけて全13話が全て15位以内に入るという快挙。総合でも20位以内に4、5話がランクインしていました。DVDの売り上げも伸びていて、一時は在庫切れになったそうですし、コミックも1巻から最新刊までを大人買いする人がかなりいるとのことです。再放送とかしちゃうと、DVDなんて売れなくなるんじゃないかって思うんですけど、そういうものでもないんですね。

ブレイクの原動力は、スカーレットからの伊藤健太郎君のファンの方々のようですが、ついでに黒島結菜ちゃん可愛いなどと云って貰えるので嬉しい限りです。


「アシガール」では、物語の主人公である羽木(御月)家と、隣国の高山家は、祖父の代から領地を争ってきた宿敵という設定になっています。今回は、羽木家の宿命のライバル高山家を取り上げさせていただきます。


まずは、アシガールでの個性派キャラ。「村田雄浩」さん演じる高山家の当主「高山宗鶴」です。


こちらは、高山家嫡男で、「加藤諒」さん演じる「高山宗熊」です。


お二方とも「超」が付くほどの個性派俳優さんですね。高山家の二人って、コミックのキャラクターとは全然似てないんですけど、これが物語に見事にハマっています。

1.小垣城夜襲


さて、アシガールは、永禄2年にタイムワープした唯が、敗走する足軽隊に紛れ込むところから物語が始まります。

この時の戦では、小垣城を守る200人の羽木勢は、高山軍2000の夜襲に遭い、生き残った者18人(コミックでは28人)という惨敗を喫し、城も奪われてしまいます。
小垣城は、高山領と国境を接する最前線の城ですから、それなりに警戒をしているはずです。その城に対して、2000もの軍勢が敵に気付かれずに夜襲するのは極めて高度な戦術が必要で、そのことだけでも高山が如何に戦上手かが分かります。


国境の重要な拠点である「小垣城」を奪われたことは、羽木にとってはかなりの痛手になったようで、進んでいた松丸家との縁談(同盟)も保留になってしまいます。

2.小垣城奪還戦


ドラマ第3話では、占領された小垣の地が、高山軍の略奪行為により疲弊していることが報告されます。占領軍による略奪は「乱取り」といわれ、雑兵への恩賞代わりとして黙認や公認されていた行為でした。雑兵どもは、乱取りができるから、命を懸けた戦に赴いていたとも云えます。

しかし、勢力拡大の視点で考えると、占領地は自国の領地となるところです。その地が荒廃してしまうのは、領国経営上好ましいことではありません。また、合戦が完全に終了していないのに乱取りが始まってしまうと、軍隊の統率も乱れてしまいます。大河ドラマ「麒麟が来る」では、今川義元が、乱取りに逸る自軍の兵に激怒する場面が描かれていました。実際、桶狭間の戦いでの織田信長の勝因に、今川軍の乱取りを指摘する説もあるくらいですからね。

上杉謙信は領土的野心が無い武将と云われ、美談のように語られることが多いのですが、上杉軍は遠征先でしばしば乱取りを行っています。略奪によって目先の生活が楽になればOKってことですね。一方、天下統一をめざす織田信長などは、乱取りを厳しく禁止する触れを出していたようです。と考えると、高山軍は古いタイプの軍勢であるとも云えます。


さて、小垣城奪還の機会を伺っていた羽木ですが、高山軍が隣接する野上衆を圧迫したことで、両者が一触即発の状態になっていることが、成之によって知らされます。羽木軍は、これを好機として、小垣城の奪還に動き出します。唯之助は小荷駄組の百姓足軽として、この戦に参戦しました。

以前、投稿させていただいたブログ記事へのリンクです。 

       小垣城奪還戦と小荷駄組

この時の羽木軍の軍勢は3,000と推定されます。時代考証に無頓着なコミックでは、1万人と云うトンデモナイ数字を出しています。戦国時代の軍勢の動員力に関しては、一万石あたり、侵略戦で200人程度、防衛戦で300人~350人とされていますから、1万人の軍勢を動員できる羽木家は、40万石の大大名ということになってしまいます。


一方、小垣城の高山軍は、数百人ほどと思われます。数的に劣勢な高山軍としては、小垣城に籠城して援軍を待つことが定石の戦い方ですが、この時は、城を出て奇襲を仕掛けるという作戦をとっています。高山の本軍が野上衆との戦いに動員され、援軍が期待できない情況では、籠城は不利になると考えたのでしょう。


高山軍は、小垣城へ向かって狭い山道を行軍する羽木軍を待ち伏せたようです。羽木勢は、隊列が細長くなっていたところを側面から奇襲されます。剣を振るい敵をバッタバタと倒す、伊藤健太郎君演じる「羽木忠清」は、格好良いこと此の上ありませんが、総大将が敵の雑兵と直接切り結ぶなど、軍勢としては恥ずべき失態であります。一歩間違えば、桶狭間の戦いのように、奇襲により総大将が討ち取られてしまうなんてこともありえたわけで、この時、高山軍がとった戦法は理にかなったものと云えましょう。

3.鹿之原の合戦


ドラマ5話では、降伏した野上衆を取り込んだ高山軍が、小垣城を奪い返しに来ます。この時の作戦は、野上衆に羽木の本城「黒羽城」を攻めさせ、高山軍は小垣城を攻撃するという二方面作戦です。野上衆には黒羽城を陥落させるほどの戦力は無いはずですから、こちらは陽動部隊で、主目的は高山軍による小垣城の奪還です。羽木勢は、戦力を分割せざるを得なくなり、小垣城に迫る高山軍3,000に対して、羽木勢の援軍は1,000という、圧倒的に不利な戦いに臨むことになります。

この時の唯之助は、羽木の重臣「天野」の下人として戦に参加します。赤備えの鎧で統一された天野勢200は、羽木軍の中核的存在で、唯之助の部隊は先鋒を任せられています。百姓足軽から天野家の正規兵になったのですから、兵が足りなくて急遽採用されたとはいえ、なかなかの出世であります。アルバイト社員が子会社の正社員に採用されたと云ったところでしょうか。

若君率いる羽木勢1000は、小垣城に入らず、近くの「鹿之原」で野戦に臨みます。野戦は兵の数で勝敗がほぼ決まりますから、3倍の敵に野戦を仕掛けるというのは、極めて無謀なことであります。本来ならば、籠城して高山軍を引き付け、野上勢を退けた本軍が援軍に来るのを待つべきなのですが、あえて、野戦に臨んだのは、籠城戦になった場合に、小垣の城下や付近の村々に被害が及ぶことを、若君が嫌ったためとされてます。

この時、数的に有利な高山軍は、羽木軍を包囲殲滅しようと鶴翼の陣で構えます。高山軍は夜の間に行軍して陣を構えますが、このことからも、高山軍が如何に訓練された軍勢であるかが分かります。

対する羽木軍は、鋒矢の陣で中央突破を狙います。鋒矢の陣は、強力な先鋒をもって敵陣に突入していく超攻撃的な戦法です。


ドラマでは、「天野小平太」率いる先鋒が、高山軍の鉄砲隊に三方から撃ちかけられ混乱していたところを、(総大将であるはずの)若君が自らを先陣として突入し・・・・という展開でしたね。
この時、若君に従っていた重臣「天野信近」が「もはや、これまでか・・・」みたいなことを云います。未だ、槍も交えていないのに、随分あきらめが早いなあと思ったんですけど、鋒矢の陣は、超攻撃的な陣構えですから守りには不向きです。先鋒が抑えられてしまったら、高山軍の両翼から側面攻撃を受けてしまいますから「もはやこれまで」なんですよね。ですから、無謀でも何でも、先鋒は敵陣に突入して、相手の陣形を崩さなくてはならなかったんです。


羽木勢の進軍を止めたのは、高山軍の鉄砲隊でした。実は、永禄2年という時期に、鉄砲隊を組織的に運用していた戦国大名というのは、あまり例がありません。大河ドラマ「麒麟が来る」でも描かれていたように、この頃(長篠の戦いの16年前)は、戦での鉄砲の使い方を試行錯誤している段階なんですよね。当時、大変高価な武器であった鉄砲とその弾薬を一定数揃えることができるのは、かなりの財力を持った大名だけだったと思います。ちなみに、羽木勢には鉄砲が全く見られません。

この財力の違いが、それぞれの居城で表現されているのは、アシラバさんたちの指摘の通りであります。


高山家の居城「長沢城」では、唯が軟禁された部屋を始め、ほとんど全ての部屋は総畳敷きになっています。一方、羽木家の居城「黒羽城」では、奥座敷を除いてほとんどの部屋が板敷きで、畳は、当主が座るところだけにしか置いてありません。
当時、畳は大変高価な品物でしたから、総畳敷きというのは大変珍しかったはずです。まあ、贅沢な暮らしをしている高山家と、清貧な羽木家という対比での演出だと思いますが、さすが、NHK時代劇班。見事な時代考証であります。で、高山家は、その財力を軍事にも投入しているわけです。(ちなみに、コミックの黒羽城の奥御殿は、江戸城の大奥もビックリの贅沢な造りになっています。)


高山家の財力の源は、どこにあるのでしょうか。高山家と羽木家は長年のライバル関係にありましたから、領土などの国力は大差ないはずです。となると、考えられるのは、高山領が交通の要所であったとか、鉱山や港を持っているとかの経済力の差です。あとは、領民に重税を課していたとかもありますけど、それでは、領国経営が永続しませんからね。(ちなみに、織田信長が治めていた尾張は、さほど大きな国ではありませんが、熱田湊・津島湊という良港を持っていました。)
高山宗鶴の代になって、高山軍が攻勢を強めた背景には、高山領で何らかの経済的発展があっからだと考えられます。経済力があると云うことは、召し抱える家臣の数も多かったでしょうから、これが、高山軍の迅速な行動に結びついていたとも考えられます。

さて、唯が平成に戻っている間に、羽木家では跡継ぎをめぐってお家騒動が起き、それに乗じて高山軍が羽木の領内に2度侵入したことが、お袋様によって語られます。若君が全軍を率いて高山軍を撃退し事なきを得るのですが、高山の相手の混乱を察知する情報力(スパイ活動にもお金がかかるはず。)はさすがですね。

4.万代橋の戦い


ドラマのクライマックス第11話と第12話では、羽木・高山両軍は、国境の川を挟んで対陣します。本来は川の名を合戦の名前にしたいところなんですが、川の名前が分からなかったので、とりあえず「万代橋の戦い」といたします。


羽木勢は若君を救出するため、高山軍は若君を捕らえるための出陣です。どちらも急な出陣ですが、高山軍が数千の軍勢を集めたのに対して、羽木勢は1,000足らずです。
高山軍の優れているところは、戦に於いて常に数的優位な情況を作り出せるところにあります。そのためには、兵の招集から陣触れまでの命令系統がしっかり構築、訓練されていなくてはなりません。一方、羽木軍は常に劣勢です。羽木は物語の主人公ですから、劣勢でも頑張って戦って、それはそれで格好いいと描写されますが、戦略的には褒められたものではありません。

羽木勢は、後から援軍を送ることになりますが、この戦力の逐次投入というのは、最も避けるべきことであります。
典型的な例が、太平洋戦争の「ガダルカナルの戦い」です。日本軍は戦力をダラダラと投入し続けて、最終的には、3万人もの大軍を派遣するのですが、結果は大惨敗となります。戦力というのは、最初にドカーンと投入するべきで、そのための輸送とか兵站とかを如何に構築できるかが勝敗を分ける決め手になるわけです。

この時の戦いでは、高山軍は薄い鶴翼の陣と見せかけて、山の後ろに3,000の伏兵を配置します。羽木勢を預かる「羽木成之」は、優勢な高山軍が攻めかかる気配を見せないことを不審に思い、様子をみることにします。もし、若君救出に逸って攻撃を仕掛けていたら、伏兵に包囲され大敗北を喫していたと思われます。


とはいえ、高山軍は優勢なのですから、攻めてこないと思えば、攻勢をかければ良いわけで、尊が発明した「まぼ兵君」が無ければ、小垣城に拠ったとしても、かなりの苦戦を強いられたはずです。この時の戦の様子は、ドラマでは軽く流してしまいますが、舟橋を使った作戦など、コミックでは詳細に描かれていて、読み応えがあります。


羽木勢は、敗戦となるべき戦いを、唯の活躍や、尊の発明で乗り越えていきました。郷土史家でもある社会科の木村先生は、「羽木家が突然滅んだのは郷土史上の長年の謎」と語りましたが、合戦の情況を検証すると、高山軍が勝てなかったことが最大の謎であって、唯の存在が無ければ、高山宗鶴は戦国時代の名領主として、高く評価されるべき人物になっていたと思います。

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