2015年8月30日日曜日

松浦亜弥 「YOKOHAMA SING A SONG」

 松浦亜弥さんのファンに成り立ての頃、この曲と「横浜ロンド」がごちゃ混ぜになっていました。地味なシングル「草原の人」のカップリング曲と、地味なアルバム「Click You Link Me」の収録曲ということで、馴染みもありませんでしたからね。
 で、「横浜ロンド」は、すぐに僕のお気に入りの1曲になりましたけど、「YOKOHAMA SING A SONG」は、その後も、何となく捉えようのないままだったんです。

 「YOKOHAMA SING A SONG」は、ミュージカル「草原の人」の劇中歌とされてますけど、その劇中歌が、シングル「草原の人」のカップリングとして発表されているということからして不思議です。「草原の人」のリリースが企画された段階で、ミュージカル化も同時に進行していたと云うことなんでしょうか。
 そもそも僕は、「YOKOHAMA SING A SONG」を、16才のアイドルに歌わせるという意図が、理解できませんでした。ミュージカルのストーリーの流れでこういう曲が必要とされていたのなら分かりますが、独立した楽曲として考えると、あまりにも不自然です。やっぱり「YOKOHAMA SING A SONG」は、ミュージカルのために制作された楽曲なんでしょう。

 ということで、まずは、2002年、あやや16歳、ミュージカル「草原の人」からのテイクです。


 やはり、「お前、何歳だよ。」と突っ込みたくなりますよね。もっとも、観客の大部分は、ミュージカルよりも、その後に行われるミニライブがお目当てだったようですけどw。

 続いては、2012年マニアックライブⅣからのテイクを貼り付けさせていただきます。このテイクで重要なのは、歌った後のMCの部分ですよね。ミュージカルについて、松浦亜弥さんが語っています。MCは4分17秒からです。
 

 最後に若干フォローを入れましたけど、相変わらずのネガティブ発言ですね。こういう発言は、部分的に活字にされたりしたら、誤解の元になりますから、気をつけた方が良いんですけど、ファンクラブイベントだという安心感が云わせるのでしょう。
 発言の内容だけを聞いていると、練習嫌いの天才肌ということなんでしょうけど、反抗期の入った天邪鬼と云えなくもありません。本番の後は誰でも褒めるものです。舞台監督さんの心中お察し致しますw

 この曲が、ライブで歌われたのは、2006 秋「進化ノ季節…」、大人の雰囲気を前面に出した演出においてでした。この時期、松浦亜弥さんは、ストリングスを入れたり、ブラスを入れたり、ちょっとエッチぽくしてみたりと、いろいろ試行錯誤していたように思いますが、「YOKOHAMA SING A SONG」を歌うには、この演出が一番合っているんでしょうね。
 では、3つめは2006年のテイクです。


 当時のコメント欄に、アイドルのライブはカラオケで十分みたいな発言もありました。ブラスの方たちは、結構有名なミュージシャンだそうですけど、この時期のアヤヲタさんたちは、「あやや」を観にくるのであって、バンドを見にきてたわけでは、ありませんからね。

 今回は、年齢の異なる3つのテイクを、貼り付けさせていただきました。大抵こういう場合、僕は、アイドル時代のテイクが一番の好みになるんですが、確かに背伸びをしているところも可愛いし、頑張ってもいますけど、「可愛い」と「似合っている」は、やっぱり別ですからね。

2015年8月27日木曜日

初音ミク 武道館ライブまで・・・あと1週間

 とんでもない記事を見つけました。当日券が即日完売したのをうけて、立ち見席を販売しているそうです。A席でさえ、どのくらい見えるのか保証できないのに、立ち見席ですよ。7000円も払って、音楽だけ聴いてろって感じでしょうか。
 でもよく考えてみれば、座席があっても、ライブが始まればみんな立ってしまうんですから同じような気もしてきました。しかも、A席と立ち見が同じ値段ってことは、逆に言えば、A席も立ち見程度にしか見えないってことでしょうか。それはそれで悲しくなってきました。
 まあ、電車賃払って、わざわざ東京まで行くんですから、立ち見で、もう一公演参戦するもアリってことかもしれませんね。

 で、新曲がなかなか覚えられません。


前衛芸術みたいな曲が多くて、おじさんには、かなりキツイんですけど・・・。

2015年8月25日火曜日

高田みづえVS二所ノ関部屋のおかみ ~38年の時を超えて~

 8月8日に高田みづえさんがNHKの「思い出のメロディー」に生出演、30年ぶりにステージに立ちました。

 僕は、迂闊にもそのことを後になって知りましたが、親切なファンの方々がYouTubeにその時の様子をアップしてくださっていたので、記念すべきステージを拝聴することができました。YouTubeに感謝ですww

 数年前からオファーを出していたとのことですが、1回限りということで、今回やっと実現したそうです。NHKも昨年の暮れに「薬師丸ひろ子」さんや「中森明菜」さんの復活ステージで話題をつくりましたんで、今回も、ということだと思いますが、もう2度と聴けないと思っていた歌声が聞けたことを、素直に喜びたいと思います。報道では、芸能界にいる娘さんのテコ入れではないかと言われてますが、歌ってくれるんだったら何でもいいですw。

 まずは、デビュー曲「硝子坂」。二所ノ関部屋のおかみさん(55才)のテイクからです。


先日、松ヶ根部屋は、角界の超名門でありながら閉鎖されていた二所ノ関部屋の名前を引き継ぎました。関係者との調整とか大変だったようですが、そういうこともおかみさんの仕事の1つだったんでしょうね。でも凄いですね、100年以上の伝統のある、あの二所ノ関部屋のおかみさんですよ。

 続けて、紅白歌合戦初出場時、17歳のみづえさんのテイクです。モノラルの音声が2つの動画の38年という時を感じさせます。周りのお姉さんたちが凄い、全員の名前わかりますか。
 和田アキ子さんは、すぐ分かりましたね。でも初出場でこの安定感。そういえば「あやや」の紅白初出場のテイクも涙ものでしたが、才能と可能性にあふれた新人のテイクって本当にいいですよね。歌う姿だけで十分、演出なんていらないんですから。


テレビでは30年ぶり、NHKでは31年ぶりのステージですが、相撲部屋のイベントなどでは、今までも歌っていたそうです。ただ、それはあくまでも、部屋のおかみさんとしてのことで、高田みづえではありませんでした。
 でも、僕はそうやって、頼まれれば人前で歌う彼女ってイイなって思います。力持ちが荷物運びを頼まれるように、達筆な人が看板書きを頼まれるように、彼女は自然に歌っていたんだと思います。
 彼女は「高田みづえ」を安売りはしませんでしたが、かといって、もう二度と歌わないなんて悲しい態度もとりませんでした。そういう気さくな人柄の彼女だからこそ、部屋のおかみさんを勤めることができたんだと思います。

 でも、聴きながらドキドキしちゃいましたよ。聴き手をハラハラさせるなんてプロの歌手としてはどうかってことですけど、30年ぶりなんですから仕方ありませんよね。もちろん同じように歌えないなんてことは、わかりきってました。だけど、僕が一番うれしかったのは、声質が、あの透き通った艶のある声が、予想以上に、いえ、ほとんど変わらないって云っていいくらい、健在だったってことなんです。

 続いて「私はピアノ」です。

 まずは、おかみさんから。恐らくサビの高音域のことを考えて「硝子坂」の時と同じように半音下げたようですが、その分、出だしがつらくなっちゃいましたね。テンポも速くて息をつくのも大変ですけど、声の伸びのことを考えると、あまり落とすわけにもいきませんから。


やっぱり「私はピアノ」って難曲だったんですね。ここは、おかみさんの歌唱力云々よりも、この曲をいとも普通に歌い上げていた、みづえさんの歌唱力を称えるべきでしょう。


前回に引き続き、このテイクを貼り付けさせて頂きました。昭和55年の字幕がありますから、20才の頃だと思いますけど、僕は、これが「高田みづえ」のベストテイクだと思っているんです。大人になった可愛らしさ、清廉さ、素直で嫌みのない歌唱、ここに「高田みづえ」の魅力が全て詰まっていると思うんです。

 僕は、歌っている彼女を見ながら、本当に泣きそうになりました。人前に出てきて歌う以上、声が出てないとか、キーを下げているとか過去と比べて批評されることは致し方ないことです。でも僕は、そういうことを全て認めた上で、彼女を評価したいんです。
 彼女は、この30年間全く別の世界で活躍していました。この30年間は、歌に関しては、確かにブランクだったのかもしれないけど、彼女の人生の中では決してブランクなんかじゃないのですから。

 まあ、ソコソコ歌えて、視聴者の評判もマズマズとあれば、紅白のゲスト出演のオファーもなくもありませんね。そのへんは、おかみさんが周りの人たちと相談して決めるでしょうけど、僕としては、出ても良し、出なくても良しと云ったところです。
 でも、出るんだったら「そんなヒロシにだまされて」が良いですね。こっちの方が歌いやすそうだし。で、バックに二所ノ関一門の関取衆をズラッと並べて・・・って、これじゃあ披露宴の余興と同じかww

2015年8月24日月曜日

中森明菜「あなたのポートレート」VS松浦亜弥「オシャレ!」 幻のデビュー曲対決 

 中森明菜さんと松浦亜弥さん、お二人に共通な部分っていくつかあるんですけど、シングルよりアルバムが注目されたって云うのもその1つですよね。そして、中森明菜さんの「プロローグ」、松浦亜弥さんの「First Kiss」、この2つのファーストアルバムは、伝説の名盤と呼ばれています。彼女たちは、ともに、単なるアイドルでなく、歌手として大成していくことを、本人も希望していたし、周りも期待していたと思います。
 二人の間には、20年もの歳月が横たわっていますから、単純に比べられないのは、承知の上ですが、敢えて、この話題で投稿させていただくことにしました。

 中森明菜さんのデビュー曲は、「スローモーション」です。決して「少女A」でも「セカンドラブ」でもありませんよ。で、松浦亜弥さんのデビュー曲は、「ドッキドキLoveメール」です。決して「めっちゃホリデー」ではありませんw。
 
 デビュー曲に何を持ってくるのかって、戦略上とっても重要ですよね。松浦亜弥さんは、候補曲に「100回のKISS」と「オシャレ!」があったとされています。中森明菜さんは、「銀河伝説」「あなたのポートレート」「Tシャツ・サンセット」が候補だったそうです。で、それらの曲は、ともにファーストアルバムに収録されているんですよね。デビュー曲候補になるほどの良曲ですから、ボツにするには、もったいないということでしょうか。

 で、今回は、デビュー曲にならなかった曲対決ということで、まずは、中森明菜さんの「あなたのポートレート」を貼り付けさせていただきます。
 
 

 「あなたのポートレート」は「スローモーション」と同じ、来生姉弟の作品です。曲調も同じような感じですし、恋の始まりというシチュエーションも同じなんで、どっちがデビュー曲になったところで、大差なかったのかもしれません。どうせ、ヒットするのは、「少女A」からですし。。。。。
 この曲、大好きだったんです。でも、なかなか聴けなくって、世間的には、全然知られてない曲だからYouTubeにアップされることもないし、アップされてもすぐ消えてなくなっちゃうし、残っているのは、変な「歌ってみた動画」ばっかりですからw。
 
 改めて聴いてみると、出だしの「ウエーブしてーる」の高音域がなんとも可愛いことに気づきました。あんまり完璧に歌われちゃうと萌えられないんで、この歌い方が計算された演出ならば、お恐れいりましたってところです。

 でも、16歳のアイドルのデビューアルバムの1曲目がこれなんですから、僕が一発でハマってしまったのも、我ながら納得というテイクです。

 では、続いて、松浦亜弥さんのデビュー候補曲だった「オシャレ!」です。


 同じ16歳ということで、サマーライブのテイクを貼り付けさせていただきました。
 こっちが、デビュー曲だったら、どうだったんでしょうか。「オシャレ!」は、アルバムの中でも人気曲ですから、楽曲の出来は申し分ないと思いますが、やっぱり、アイドルのデビュー曲としては、ちょっと変化球かなって気がします。まあ、どっちにしても、つんく♂曲ですから、大差なかったのかもしれませんけど。

 中森明菜さんの「スローモーション」は、オリコン30位、しかし、この最高位は、発売から3ヶ月後のことです。その後、「少女A」「セカンドラブ」とヒットが続きますが、「セカンドラブ」のリリースは、11月に入ってからで、結局、明菜さんは、デビューした1982年の紅白には出場していません。意外とスロースターターだったんですね。

 明菜さんは、候補曲の中では「銀河伝説」がお気に入りだったそうです。銀河伝説は、一言で云うと「山口百恵」っぽい曲です。デビュー時の彼女が、山口百恵を意識していたのは確かだと思います。「DESIRE」や「飾りじゃないのよ涙は」も、どことなく山口百恵っぽいことを考えると、明菜さんは、歌いたい曲がヒットしていたと云えます。やっぱり歌手中森明菜は、恵まれていたと思います。

 亜弥さんは、デビュー曲としては、「100回のKISS」を意識していたようです。彼女がこの曲に特別な想いを抱いていることは確かです。
 この曲は4枚目のシングルになりました。前作「Love涙色」で手応えを摑んでいた彼女は、この曲も売れると思っていたに違いありません。が、売れたのは、「100KISS」ではなく「桃色片想い」でした。
 歌いたい曲と売れる曲が違うというジレンマを、彼女はデビュー1年目から抱えることになりました。このことが、この後の、歌手松浦亜弥の迷走につながっていったと僕は思います。
 でも、僕は、「あやや」が誰を意識していたかがよく分かりません。強いて云えば「美空ひばり」かなって思いますけど、あり得ませんかね。彼女が本当に歌いたかった曲って何だったんでしょう。


 そうでした、二人に共通することで、一番大切なこと言い忘れてました。二人とも歌うことが大好きだったと云うことです。歌うことに誇りを持っていたと云うことです。この記事は、僕の妄想に過ぎないかも知れませんけど、これだけは確かだと信じています。

2015年8月22日土曜日

サンダーバード ~込められた平和への願い~

 今秋、サンダーバードの誕生50周年を記念して、新シリーズが放送されます。CGと実写モデルを融合させ、旧作のファンも納得の映像らしいです。新型機のメカニックデザインは、なんと河森正治氏が手がけたそうですが、残念ながらロボットには変形しないとのことでしたw

 先日、予告番組を見ましたけど、サンダーバードのファンていうのは、「第一作至上主義者」の集まりですから、劇場版や実写版に引き続いて、今回のリブート版も多くの批判を受けるのは致し方ないところと思われます。
 ただ、今回ありがたいのは、関連番組として、NHKが初代サンダーバードを何作か再放送してくれることです。早速、視聴させていただきました。

 「サンダーバード」は、1965年にイギリスで制作された特撮番組で、日本では1966年に放送されました。
 
 僕は、小さかった頃、此所よりもっと田舎の町で暮らしていたんですが、そこにプラモデル屋が1軒ありました。今で云うホビーショップですよね。で、店の棚の上に、サンダーバードの秘密基地の電動プラモデルが置かれていたんですよ。すごーっく大きな箱で、その威厳たるや、親にねだるどころか、値段を聞くのさえはばかる程でした。
 
 ネット上にも、この秘密基地にまつわる昔話がたくさん出ていますが、どの店でも、棚の上に置かれてたみたいです。まあ、あんな大きい箱を置ける場所なんてそこしかなかったんでしょう。だから、当時の日本中の子どもたちは、みんなしてプラモデル屋の天井を見上げていたってことになります。
 で、調べてみましたら、価格は、2,200円だったそうです。当時の駄菓子の値段から考えますと、今だと1万円くらいでしょうか。1万円のおもちゃなんて、今ならば簡単に買ってもらえそうですが、あの頃の日本って、やっぱり貧しかったんですよね。
 これ、これ、これです。


 「えーーーーっ?」こんな、ちゃっちい代物だったんですか。とっても残念な気分ですw

 サンダーバードの人形は、声優の音声信号と同期させて人形の唇を動かす「リップ・シンクロ・システム」という装置を頭部に内蔵していたそうです。初音ミクでも歌と唇の動きを合わせる「リップ・モーション」というのは重要な技術ですが、50年も前にこのような技術が確立されていたとは驚きました。「スーパーマリオネーション」恐るべしですね。

 では、日本で最も人気の高かった、そして僕も大好きだったサンダーバード2号の出発シーンです。


 改めてみると、すごい牧歌的な雰囲気ですね。救助を待っている人がいるのに、「いまから行くから、ちょっと待ってろしっ」っていう感じです。地元の消防団だってもっと早く出動できると思います。たぶん、今と50年前とでは、時間の進み方が違っていたんでしょう。

 ウィキペディアからの引用です。よくまとめてあるので、そのままいただきますね。

 「人形劇でありながら、その模型のリアルさ、質感の充実、子供でも理解できる単純なストーリー、「人命救助」というスリリングかつ前向きで健全なイメージ、これら全てが明確な世界観を提示して大好評を博した。ロケット噴射の描写などの特撮技術も優れており、その後の特撮作品への多大な影響を及ぼした。登場するメカもデザイン的に極めて斬新かつ洗練されていた。音楽もオーケストラサウンドを基本に、質が高く映像にマッチしたものだった。」

 最高の賛辞が並んでいますね。きっと熱烈なファンによるものでしょう。でも、僕も同意見です。

 では、サンダーバードに明らかに影響された日本の特撮シーンを紹介させていただきます。まずは、1967年の「ウルトラセブン」。地球防衛軍の秘密基地からウルトラホーク1号が発進するシーンです。


 スクランブル発進って、命令を受けてから何秒で出発できるかが勝負だと思うのですか、牧歌的雰囲気を確実に継承しているのが分かります。

 続いて、1968年の「マイティジャック」です。主演は二谷英明さん、音楽は、なんと冨田勲先生です。円谷プロの、納得できる作品を作るためなら会社が傾いても構わない、という信念が伝わってきます。


 謎の組織相手に容赦ありませんね。無敵戦艦1隻あれば、戦いに勝てるという、戦艦大和→マイティジャック→宇宙戦艦ヤマトと続く、日本人独特の思想が表れてます。

 2004年にハリウッドで実写版サンダーバードが制作されました。僕は、字幕版を見たんですけど、吹き替え版は、「V6」がやってました。
 で、アメリカ人って、常に自分たちが正しいって思っているんで、勝手に自分たちの嗜好に合わせて変えちゃうでしょ。まあ、秘密基地の描写とかは、さすが実写版って感じでしたし、ハリウッド版「ゴジラ」と比べれば、まだ良い方でしたけど。ただ、2号の扱いは許せませんね。あれじゃあ、ただのコンテナ機ですよ。

 さて、先日「ジェットモグラ号の活躍」を見たんですけど、大人になってみると、子どもの時には分からなかったことが、いろいろと見えてきたんですよ。

 1965年って、第二次世界大戦からまだ20年しかたってない頃です。制作者のジェリー・アンダーソンは、自身も従軍経験がありますし、戦争で兄を亡くしています。そしてロンドンは、ドイツ軍の最新兵器V2ロケットによって無差別爆撃をされたところでもあります。
 そういう背景を考えた時に、僕は、「国際救助隊」って、戦争のアンチテーゼに思えてきたんです。戦争って、国家と国家が、科学技術を利用した兵器を使って人を殺し合うわけですよね。でも「国際救助隊」は、国籍関係なく、科学技術を駆使した機材で人命を救助するんです。科学技術は、人を救うために使われるべきっていう思想が作品の底流にあると思うんです。科学技術の粋を結集しているが決して兵器ではない。そして誰も殺さないという理念があると思うんです。
 
 そう考えると、この作品のもつ反戦性が見えてきます。「ジェットモグラ号の活躍」は、第2話になるそうですけど、ストーリーは、アメリカ陸軍の新型装甲車が実験中に遭難するというものです。で、大きな穴に落ちるんですけど、それが、昔、陸軍が不要になった兵器を処分して埋めていた穴なんです。これって、凄いメッセージですよね。冷戦を背景に軍拡競争に邁進するアメリカに対する皮肉ともいえるストーリーだと思います。

 サンダーバードは、アメリカのメディアには、受け入れられませんでした。原因として、子ども番組に合わない50分という放送時間や高すぎた放送権料があげられていますが、僕は、この作品が持つ、反戦性がアメリカに嫌われたんではないかと思うんです。

 でも、その後の特撮作品、SF作品は、正義をかざして悪を撃つものばかりになってしまいました。再び、科学技術は最新兵器となり、敵を攻撃するために使われました。
  しかし、国際救助の理念は、現在「国際援助隊」などのかたちとなって少しずつ現実のものになってきています。

 「国際救助隊」は、世界平和など夢物語だと承知していながらも、本気でそれを願っていた1960年代という時代が生んだ物語でした。そしてそれは、決して当時のアメリカ人には創ることのできない物語だったのではないでしょうか。

 そうそう、秘密基地は無理でしたけど、僕もサンダーバードのおもちゃを買ってもらいました。もちろん2号ですよ。何でアメリカ人は、この格好良さが分からないんだろう。

2015年8月20日木曜日

「ほんとはね。」より子&松浦亜弥  ~アイドルが演じたシンガーソングライター~ 

 「より子。天使の歌声 小児病棟の奇跡」は、2002年8月に放映された、シンガーソングライター「より子」さんの少女時代を描いたスペシャルドラマです。そこで、主人公の「小笠原より子」を演じたのが、「あやや」こと松浦亜弥でした。あややは、当時16歳、「Yeah! めっちゃホリディ」をリリースした直後、アイドル歌手として人気絶頂期でした。
 このドラマは、小説や事実とは異なる部分も多いとされていますが、ドラマ自体のできは、良かったようです。「あやや」にとっては、「アイドル」を演じるのも「より子」を演じるのも同じ様なものだったのかもしれません。

 自伝本の出版、ドラマ化、CDのリリースという一連の流れは全てフジテレビ系列の事業体によって行われていますので、「より子」さんの歌手デビューにあたっては、かなり力を入れ込んでいたようです。
 
 「ほんとはね。」は劇中で歌われました。より子さんが16歳の時の作品で、それまでゲーム音楽を中心に作曲していた彼女が、初めて作った歌詞付きの楽曲とされています。
 動画は、ドラマのラストシーンです。前半が「あやや」後半が「より子」さんが歌うという演出になっています。


 僕は、このテイクを初めて聴いたときは、後半の「より子」さんの方が圧倒的に訴えるものがあると感じました。まあ、当然と云えば当然のことですよね。
 ただ、最後でご当人が登場という演出は珍しくありませんが、歌で繋いだというのは、あまり記憶にありません。で、何でこんなことが違和感なくできたのかって考えたんですけど、それって、「あやや」が歌の場面であっても「より子」を演じきったからだと思うんです。
 演じるというのは、モノマネとは異なります。もし、あややがこの場面でモノマネをしたら、もっとわざとらしくなったはずです。「あやや」は演じるにあたって、「より子」さんの歌を聴いたことは間違いないと思います。演じている限り本物に敵うはずはありません。しかし、ご当人に歌で違和感なく繋ぐことができるという「あやや」の才能を考えたときに、もしかしたらこれは凄いことなんじゃないかって、改めて考えさせられた次第です。

 さて、演じられた側の「より子」さんは、どうだったでしょうか。2人が十も二十も歳が離れていれば、どうということはないと思いますが、彼女たちは僅か2才違いの同世代なんですよね。このドラマが放送されたとき、より子さんは、まだ18才です。病気であること、荒んだ生活をしていたこと、ほとんど学校へも行けず引きこもりの生活をしていたこと、自分の前半生がドラマ化され、その自分を、たいして年齢の違わないアイドルが演じる。どんな心境だったのでしょうか。大きなお世話とは分かっていますが興味のあるところです。

  現在「より子」さんは、31才。療養生活を挟みながらも、根強いファンを持ち、精力的に活動を続けていらっしゃいます。貼り付けさせていいただくテイクは、「ほんとはね。2014version」です。失礼な例えですけど、どことなく宇多田ヒカルと倉木麻衣を合わせたような雰囲気を感じました。
 

こんな記事もありました。出張ライブなどにも取り組んでいらっしゃるようです。


 デビュー時の「奇跡の歌声」というキャッチフレーズから受けるイメージとは、また違った魅力を感じます。地に足を着けた活動を続けている「より子」さんですが、ホームページに体調不良によるライブツアー中止の告知が出ていました。

 9月2日発売のディズニーナンバーのカバーアルバムだそうです。2才の時、闘病生活で与えられた、ディズニーのカセットテープとおもちゃのピアノが彼女の音楽人生の始まりだったそうですから、原点に帰った取り組みとも云えます。


 「ライブの再開を心から願っています。」

 彼女のファンでもない僕が云うのもどうかと思ったんですが、彼女の復帰を待ち望んでいるファンの心情を思うと、やはりこの言葉で終わりたいと思います。待つ身の寂しさは、僕も分かりますんで。

2015年8月19日水曜日

「なごり雪」 松浦亜弥VSイルカさん

 今回、投稿させていただくのは、松浦亜弥さんが2004年にカバーした「なごり雪」についてです。このカバーは、「FS5:卒業」に収録されていますが、YouTubeの動画は、なんと視聴回数100万回を越えています。僕がファンになったときには、すでに視聴回数は50万を越えていて、数ある動画の中でも突出して多かった記憶があります。検索結果と再生の循環が上手くかみ合っていたんでしょうか。
 歌の方は、松浦亜弥さんとしては、特別素晴らしいテイクとも思えないんですけど。高評価率はかなり高くて、他のアーティストさんのカバーと比べても、評判は良いようです。

 松浦亜弥さんは、それ以前の「FOLK SONGS 2」にも参加していて、こちらでは、「ひこうき雲」「神田川」「長い間」そして前回投稿させていただいた「さとうきび畑」を担当していますね。僕的には、余計な感情など出さず(出せず)に、淡々と丁寧に歌っている、「2」の方が好みなんですが。

 では、100万回越えの歌唱を貼り付けさせていただきますが、この曲って、ライブで歌ったことってあるんでしょうか。


 「なごり雪」は、当時「かぐや姫」のメンバーであった「伊勢正三」氏の作品です。程なくして、かぐや姫は解散してしまいますが、その後、かぐや姫のアルバムの中に入っていたこの曲を「イルカ」さんがカバー、シングルカットして発表しました。イルカさんが歌うことになったのは、かぐや姫の楽曲としてすでに発表したものを、解散後に自分(風)の楽曲としてシングルカットすることに伊勢氏が難色を示したからだと云われています。
 僕は、そんな経緯は知る由もなく、しかも、かぐや姫の方を先に聴いてしまってたので、イルカさんのカバーに対しては反発を覚えたものでした。まあ、反抗期だったんでww
 
 その後、いろいろな人がカバーしましたけど、結局、イルカさんのカバーが一番売れたし、評価も高かったようです。なごり雪は「男歌」ですけど、イルカさんが広く受け入れられたのは、彼女が女子力で勝負するタイプでなかったからだと思います。

 ところで、「なごり雪」って伊勢正三氏の造語だそうですけど、ご存じでしたか。
  僭越ながら「なごり雪」を解説させていただきますと「3月の卒業式の頃に首都圏に降る雪を表す。雪の季節の終わりを表すとともに、別れを惜しむ「名残惜しい」との掛詞でもある。同名の歌のヒットにより、広く知られることとなり、2013年に日本気象協会が選定した「季節のことば36選」で、3月のことばの一つに選ばれた。」って、こんな感じでいかがでしょうか。

 ここで御本家のテイクをと思ったんですけど、伊勢氏は、声帯を痛められた影響か、近年、歌い方がかなりイヤラしくなってしまい、ちょっと幻滅気味(ファンの方ゴメンナサイ)なんで、やっぱりイルカさんのテイクを貼り付けさせていただきます。


 伊勢正三氏のもう一つの傑作「22歳の別れ」が「なごり雪」と対になっているのは、有名な話ですね。全く同じシチュエーションで、この両曲に出てくる登場人物は、同一だと言われています。でも、当時は、圧倒的に「22歳の別れ」の方が売れたようです。
 
 先程、伊勢氏に対して大変失礼な物言いをいたしましたので、このテイクを貼り付けさせていただくことによってお詫びとさせていただきます。


 これこれ、このスリーフィンガーですよ。以前NSPの記事で、中学生の時に組んだバンドの話をさせていただきましたけど、当時は、この曲をやるために集まったっていう感じだったんですよ。
 
 何の記事かわからくなくなっちゃいましたね。ここで、「22歳の別れ」を松浦さんかカバーしてくれてたら、最高の終わり方だったんですけど・・・・・w