2016年10月1日土曜日

「色覚障害」 ~僕がピンクの充電器を使っている、全く個人的な理由~

 僕は、色覚異常です。おかげで色々な面白い体験をしてきました。どうも色覚障害者は、自らの体験を語りたがる傾向があるようで、体験談が、本になったりネット上で公開されたりと、巷に溢れています。
 で、前回の左利きの話よりは、若干重くなりますが、僕も負けじと、記事にしてみることにしました。ただ、色覚障害というのは、かなり個人差がありまして、僕の体験が、そのまま他の人にも当てはまるとは限りませんので、そこのところだけは、ご配慮ください。

 よく誤解されるのですが、色覚障害だからといって、色が分からないわけではありません。色は、ちゃんと見えています。だから、紅葉に染まる山々や、神秘的な青い水を湛えた湖を見てその美しさに感動することもできます。問題は、色の中で識別が苦手なものがあると云うことです。
 例えば、黄色とレモン色があります。2つを並べれば、どっちが黄色かなんてすぐ分かりますよね。だけど、片方だけ見せられて、これはレモン色ですかって聞かれたら、一瞬、戸惑うと思います。
 色覚障害者の場合、同じようなことが、緑と赤などでおきます。赤は分かります。緑も分かります。ただ、赤と緑で判別しにくい時があるというわけです。

 僕は、顔色の変化がよく分かりません。「何となく顔色悪いんじゃない」なんて言いますけど、僕はその何となくがわかりません。
 あと、「その肉、少し赤みがかっているから生焼けだよ。」がわかりません。だから、家族で焼き肉屋に行くと、「これ焼けてる?」「これ食べられる?」って聞きます。いちいち聞かれると向こうも煩わしいみたいで、最近は「ここからこっちの肉は、全部焼けてるから大丈夫」って、向こうから先に教えてくれます。
 職場の仲間で焼き肉屋に行ったときは、悲惨でした。僕は、生焼けがイヤなので、大丈夫かな、大丈夫かなって感じで、焼けるのを待っていました。生焼けより焼き過ぎの方がマシですから、どうしてもしつこく焼いてしまいます。そしたら、目の前の肉をどんどん取られてしまったんですよ。いつまでも、焼いているんで、食べる気が無いと思われたみたいです。「これは僕のだから取っちゃダメ」なんて言うのも大人げないし。まあ、その時は、色覚以外の全感覚を総動員して対抗しました。

 ピンクと緑は、普段は間違えません。緑は暗くて、ピンクは明るいからです。でも、ライトグリーンみたいになってくると困ります。それから、鮮やかな緑と薄汚れたピンクなんてのも、ちょっと困ります。
 僕が学生の頃、ブックバンドで教科書なんかを縛って持ち歩くのが流行ってました。僕が買ったブックバンドは、白に少し色が付いたやつでした。自分の感覚では、アイボリーかベージュのつもりでした。で、そのブックバンドを使い始めて半年くらいたった時のことなんですけど、「あのさ、今までずーっと気になってたんだけど。お前、何でピンクのブックバンド使ってんだ?」って言われたんです。アイボリーじゃなくってピンクだったんですよ。何か、凄い拘りを持って使っているかの印象を、周りに与えていたようで、密かに噂になっていたみたいです。でも、人間の感覚というのは不思議なもので、そう言われた瞬間、僕にもブックバンドがピンクに見えたんですよ。
 この前、携帯の充電器を買いに行きました。いろいろ並んでいたなかで、ライトグリーンっぽいやつを買ってきたんですけど、家族に見せたら、これはピンクだって言うんです。何年ぶりかで、同じ失敗をしてしまいました。
 でも、ブックバンドも充電器もちゃんと使い続けましたよ。

 色の識別で厄介なのは、LEDライトみたいに光っているやつです。どの色も眩しく光っているので、明度による区別ができないんです。
 僕にとって一番身近なLEDライトと云えばペンライトです。みなさんご存じの通り、ライブでは、初音ミクはグリーン、巡音ルカはピンク、鏡音リンはイエローっていうふうにタレントごとに色が決まっております。で、みなさん、登場してくる子が変わる度に、ボタンをパチパチ押して色を切り替えているんですけど、僕は、自分の出している色に、ちょっと自信が持てないときがあるんです。初音ミクが歌っているのに、1人でピンクのライト振ってたら恥ずかしいじゃないですか。で、青は絶対間違えませんから、これを基準にして、緑は青の次の次、ピンクは青の1つ手前、みたいに順番で覚えています。ですから、出てくる子が変わる度に、一度青に戻してから、緑は青の次の次って思いだしながらパチパチしているわけです。時々、押しすぎることがあるんですけど、そう云う時は、もう一度青に戻ります。時には、緑をだすために何周もしてしまうことがあります。周りから見ると、「何であいつ、いちいち下を向いて、全部の色を順番に出してんだ」って思われてるかも知れません。
 それから、今年のライブなんですけど、途中で、イエローとオレンジの順番が分からなくなってしまったんです。しかも、鏡音リンとレンでイエローとオレンジを使い分けていたはずなんですけど、どっちがどっちの色かも忘れてしまいました。周りを見て、同じ色を出そうとしたんですけど、分かりません。で、よーーく見たら、何だかごちゃ混ぜなんですよ。家に帰ってネットで調べてみたら、リンがイエローって記述と、リンの方がオレンジって記述があるんです。なんてテキトーなライブなんでしょう。悩んで損した気分です。

 5色のペンライトでさえこうなのですから、パソコンの文字色選びは、もうあきらめています。家族を呼んで「この中で一番薄いピンクってどれ」なんて聞いてます。以前、カーソルを色見本の上に置くと、色の名前が表示される機能のやつがあって、感動しました。カラーユニバーサルデザインって言うそうです。

 色覚障害者の間で必ず話題にあがる物に、東京の地下鉄路線図があります。全部で13路線あるそうです。パステルカラーっていうか、淡い中間色をふんだんに使って、とっても綺麗なんですけど、これが判別しにくいことこの上ありません。図と索引を見比べるのが大変なんですよ。ただ、この路線図は、有名になったおかげで、カラーユニバーサルデザインの実験台となって、いろいろと改良されているようです。


 他には、黄色や赤の点滅している単眼の信号機とか、充電終了を色の変化で知らせるLEDランプなど、1つ1つ取り上げているとキリがなくなってしまいます。

 色覚障害者の体験談で必ず語られるのが、学校の図画工作の授業でのできごとです。絵の具の混色、よーく見て、その通りの色を作って塗る、ということができません。色は見えているのですが、どの色をどう混ぜればその色が作れるのかと云うことが、感覚的に捉えられないんです。だから、色塗りの時は、概念で塗るようになります。空だから青く塗ろう、木の葉だから黄緑にしようって感じです。
 子どもの頃、神社へ写生会に行きました。下絵が終わって色塗りを始めたんですけど、近所のオジさんが僕らの描いた絵を覗きに来ていて、あーだ、こーだとお節介を焼いていました。
 僕は、神社の柱が日の光に照らされてるのを見て、これを表現しようって思いました。柱は、茶色に決めました。で、光の当たっているところは、眩しく光っているんだから黄色にしようと考えたんです。つまり、僕は、神社の柱を茶色と黄色で塗り分けたんです。そしたら、そのオジさんが僕の絵を見て、「黄色は、無いだろう」って言ったんですよ。まあ、僕もその時は、「そりゃそうだろうな」って思ったんですけどね。
 顔の色を塗るときも、自分で混色して作りなさいって云う先生が多いんですよ。折角、はだ色の絵の具があるのに使わせてくれないなんて・・・w

 中三の時のできごとです。高校受験が近づいてきたので、先生たちが面接官役になって面接の練習が始まりました。先生は、用意された質問の中から、理系と文系とどちらに進みたいのかって聞きました。理系小僧でミリタリーオタクだった僕は、迷うことなく理系に進みたいですって答えました。そしたら、面接官役の先生は、「はあっ」て顔をして、「あのさあ、お前は色弱だろ。だからこう云う時は、文系に進みたいですって、答えなさい。」って言ったんです。若い数学の教師でした。挫折感なんていう高級な感情で無くって、普通に衝撃でした。そりゃあ、今までいろいろな失敗はしてきましたけど、色覚障害であることが、そこまで深刻な問題であるなんて、思いもしてませんでしたから。
 家に帰って、母にこのことを話しました。母は、何も言いませんでした。今思えば、余計なことだったと思います。そんなことを言ったところで、どうなるものでもないし、結局、悲しんでしまう人を1人増やしただけのことなんですから。
 
 高校に進学して、僕は理系に進みました。別に中学校の先生に反発したわけでは無くて、ただ単に、国語と英語の成績が悪かっただけのことです。高校時代、僕の最も得意な教科は、皮肉なことに化学でした。僕は、化学に関しては自信がありました。かなり難しい受験問題も解くことができました。でも、この分野には進めないことは分かっていました。色覚異常者は不可という学部や学科も多かった時代です。理系で色覚障害が問題にならない分野は数学科でしたけど、数学は好きではありませんでした。僕は、その頃始まったばかりの、情報関係の学部や経営工学、数学科でもあまり数学ぽくない統計学や応用数学の学科を受験することにしました。

 大学では、地質学のサークルに入りました。山登りがしたかったというのが理由です。採取した岩石で薄片を作り、偏光顕微鏡を使って鉱物を調べるという活動に参加しました。偏光顕微鏡を覗くと、様々な鉱物が光り輝いていてとても綺麗でした。先輩は、偏光板を操作しながら、微妙な色の変化による鉱物の見分け方を教えてくれましたが、僕には分かりませんでした。「この分野には進めないな」と思いました。でも、それは全くの想定の範囲内のことでしたから、別にショックでも何でもありませんでした。山登りをしたいから入ったサークルですから、辞めるつもりもありませんでした。岩石ハンマー持って、あっちこっちの火山を巡検してまわって楽しかったです。

 色覚障害者に対する排除の論理は「何かあったら困るから」という考えが元になっています。点滅信号が分からない者に運転免許を与えて良いのか。肉が焼けたか分からない者に調理師免許を与えて良いのか。顔色が分からない者に医師免許を与えて良いのかって云う具合です。看護師、警察官、公共交通機関の運転手などたくさんの職業で就業制限がありました。
 しかし、色覚障害者と云っても様々ですし、色の判別が苦手でも他から得られる情報で、信号を見分けたり、肉を焼いたり、相手の体調を判断したりできます。日常生活において、色覚障害者が周りの人にほとんど気づかれることが無いのは、そのためです。

 今では、色覚障害に対する考え方も随分変わりました。以前のような門前払いは無くなりました。「色覚異常」を「色覚特性」と呼び換えようと云う意見もあります。入試や就職の際に提出する健康診断表から色覚の欄は削除されています。学校では、もう色覚検査はありません。過去の厳しい就業制限への反発が大きな揺れ戻しになっているかのようです。

 当然のことですが、学校で行われた色覚検査、悪名高い「石原式色覚異常検査」は、好きではありませんでした。最初の1枚目から分からないって言ってるのに、何枚も見せられて、何度も分からないと言わされるのは、つらいものです。でも、それ以上に「これが分からないんだ」って思われていることがイヤでした。先生は、そんな感情を顔に出さないように気をつけていてくれたと思いますけど、出さないようにしようっていう態度って、伝わってきてしまうんですよね。
 僕が受けている人間ドックでも、何故か色覚検査があって、「分からない」って毎回言ってました。僕が分からないって言うと、最近は、看護師さんや検査技師さんの方が恐縮してしまって、「いいんですよ、子どもの時から分かっていますから」って僕が慰めていました。今年もやったんですけど、後で、「スミマセン、今年から検査が無くなっていました」って、また恐縮されてしまいました。あの看護師さんたちの表情が見られなくなってしまうと思うと、それはそれで寂しく思います。

 心配な報告が報道されていました。現在では、色覚異常の子どもの半数が異常に気づかぬまま進学や就職時期を迎え、その6人に1人が進路の断念などのトラブルを経験しているそうです。
 これは、障害者への差別を無くす方法として、「色覚異常は障害では無い。」「色覚異常者はこの世に存在しない」ってことにしてしまったからです。カラーユニバーサルデザインを取り入れるよう進めているから、色覚異常者は困らないはずだ、だから、色覚検査は必要ない、という論理です。しかし、過去に検査が差別を生んでいたからと云って、差別をなくす手段として検査を廃止する、と云う論理が正しいとは思えません。先の報告は、音痴である人が歌手になって初めて自分が音痴であることに気づいたようなものです。確かに、門前払いは、間違っていると思います。しかし、障害を持っていれば困難な場面に遭遇することがあるのも事実です。
 今の制度なら、僕は薬学部への進学も可能です。しかし、実験や実習で苦労する可能性があります。それを乗り越えていく覚悟があるのか、別な道を進むのかの判断が必要です。覚悟を持って薬学部に進学するのと、進学してから色覚障害を持っていることを知るのでは、大きな違いです。

 欧米では、色覚異常者の比率は、日本より少し高いそうで、色覚障害者も社会に広く認知されているようです。欧米の色覚障害者は、自らの障害を隠さないと云います。まあ、僕も結構周りに触れ回る方なんですが、それでも、他人様に手助けをしてもらおうとは思いませんでした。でも、欧米だったら、携帯の充電器を買う場面ではこうなったはずです。

「僕は、色覚異常なんですけど、この充電器は、ライトグリーンですか?」
「これは、薄いピンクです。ライトグリーンは、こちらの商品になります。」

って、それだけのことなんですよね。最近は、日本でも、体の不自由な人の代わりに信号機の押しボタンを押してあげるくらいのボランティアって、自然にできていると思います。色の識別が苦手な人がいた時に、色を教えることだって、同じだと思うんです。ただ、色覚障害は、自分から申告しないと周りの人には分からないってことが、他の障害者と異なるくらいなもので。

 「色覚障害者への差別を撤廃させる会」みたいなところに入って、ハチマキしてデモ行進するのも、方法の1つかもしれませんけど、そこまでしなくてはならないほど、日本って酷い国なんでしょうか。日本には、アメリカみたいに障害者法なんてありませんけど、だから何も出来ないっていうことは無いはずです。

 今度、買いに行くときには、聞いてみましょうか。

 ヤマダ電機の店員さん、どんな対応をしてくれるでしょうかね。きっと、変な顔をすることなく親切に教えてくれそうな気がします。

 お終いは、「マージナル」。いろいろな色が歌詞の中に出てくる、素敵な曲です。


 「ペンライトの色、これで合ってますか?」

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