TVerとHuluで配信が始まった「時をかける少女2016」。日テレ「土9」ドラマという伝統の枠にもかかわらず、最低視聴率4.6%という大爆死。「時かけ2016」は、若き主演女優「黒島結菜」の黒歴史となった。しかし、世間的に無名な若手俳優たちによる青春ドラマで、平均視聴率6.5%というのは大健闘とも云えるし、大量のディスりもネット特有の弱い者虐めの感がある。「時をかける少女2016」とは、そして「時をかける少女」とは、何だったのだろう。
3つの「時をかける少女」
「時をかける少女」は、筒井康隆氏のミドルティーン向けの正統派SF小説で、ライトノベルの元祖だそうだ。書かれたのは1967年となっているから、もう53年も前の作品になる。
1972年に「タイムトラベラー」の題名でNHKがテレビドラマ化して以降、1983年に原田知世ちゃん主演で公開された実写映画、2006年公開のアニメ映画など映像化だけで9回、舞台等を含めるとその作品数は数え切れない。
どの作品をリアタイしていたかで世代分けができるそうだが、若い世代だと、アニメ版が最初って人も多いかと思う。「細田守」監督の出世作でもある、アニメ映画「時をかける少女」は、原作から20年後の世界となっていて、芳山和子の姪っ子を主役として、東京の下町が物語の舞台になっているそうだ。そうだ、と云うのは、僕は、アニメ版がテレビ放送された時に、ちゃんと録画していたのにもかかわらず、何を思ったのか消去してしまったからだ。聞くところによると、主人公の女の子は、かなりアクティブに描かれているらしい。
ところが、1999年、和歌山県で最終回を録画したテープが発見される。電気屋の息子が、売り物のデッキを使って録画していたのだ。最終回だけが残っていたのは、1本のテープで重ね録画していたため。家庭用のビデオデッキが、当時の価格で三十数万円、60分録画用のテープが1本1万円もした時代の話である。提供された映像は、NHKで復元修理され、別で保存されていた録音音声と合わせて、DVDが販売されたらしい。
このドラマは、静岡県の沼津市と下田市をメインのロケ地にして撮影された。伊豆半島の付け根にあたる沼津市の内浦地区や、伊豆の南端にある下田市街や海岸は、たくさんのCMやMV、映画やドラマのロケ地として使われている。
「時かけ2016」での重要なロケ地は「旧静浦中学校」の奥駿河湾が見える屋上である。この絶景を前にして、フェンスの無い屋上に生徒が自由に出られるなんて有り得ない、なんてツッコミは野暮であろう。他にも、狩野川を渡る永代橋とか、今はなくなってしまった市役所前の立体駐車場とか、シャッター通りとなっているアーケード街とか、見慣れた街や風景が出てくると嬉しい。
2016年の夏はリオデジャネイロ・オリンピックが開催されたこともあって、ドラマは全5話という短構成になった。しかし、原作は長編小説ではないから、それまでの映像化作品は、映画やSPドラマが中心で、連ドラであるNHKの「タイムトラベラー」でも、30分×6話の3時間にすぎない。つまり「時かけ2016」は、土曜ドラマとしては短いのかもしれないが、「時かけ」シリーズとしては異例の長さなのである。そのため、原作には無いエピソードが挿入されることになり、このことが原作のファンから批判を浴びる要因の1つともなった。
人物設定も変更された。1つは登場人物の名前で、今時っぽい名前に変更されている。「菊池風磨」君演じる未来人ケン・ソゴルは「深町一夫」から「深町翔平」へ。「黒島結菜」さん演じるヒロイン「芳山和子」は「芳山未羽」となった。「竹内涼真」君が演じる幼なじみの「堀川吾朗」は「浅倉吾朗」である。これは、原作では「浅倉」だったのを、大林監督が「堀川」に変えたそうで、それを元に戻したってことになる。吾朗ちゃんは、今も昔もアリな名前ってことなのだろう。
もう1つは、設定年代である。原作では、ケン・ソゴルは、2660年、つまり700年後の未来からやってきたことになっているが、「時かけ2016」では、2122年となった。しかし、これは無いだろう。いくら社会の変化が激しいとは云っても、わずか100年後にタイムリープの薬が発明されるとは思えない。2122年の未来では、大変動が起こって夏のない世界になってるらしいが、それにしては立ち直りが早すぎる。人々は、遺伝子適正によって職業や婚姻を決定させられているともあった。だいたい、100年程度前のことならば、わざわざタイムリープして調査に来なくたって分かるだろう。ここは原作どおりで良かったのではないか。この点については、ディスってる奴らの意見を支持せざるを得ない。
「時かけ」の主要登場人物は、主役の芳山、未来人の深町、そして幼馴染みの吾朗である。3人は、いわゆる三角関係にあるが、2016では、それがさらに強調されているように思う。芳山が深町に恋心を抱くのは全作の共通であるが、他と大きく異なっているのは、幼馴染みの吾朗が芳山に告白しようとするところである。さらに、他の作品の深町は、違う世界の人を好きになってはいけないという鉄則を心得えているから、自分から告白しようなんてアホなことは考えないが、2016の深町は、肉食男子入門なんて指南書を読んだりして、キス、キスとうるさい。
タイムトラベラーの芳山は、中学3年生という設定であったので、その恋愛感情はプラトニックなものであったし、吾朗の感情も幼友達以上のものではなかった。角川映画もそれに近かったように思う。深町が未来に戻った後も、芳山と吾朗は恋人関係にはならなかったはずだ。
一方、2016は高校3年生の夏という設定である。高3といえば、できたカップルが、そのまま結婚に至ることだって普通にある。だから、吾朗の告白を「困ったこと」と云い、ずっと幼馴染みのままでいたいなどと云う芳山の発言は、彼を恋愛対象とすることが生理的に無理と云っているに等しい。僕らは、あの誠実で格好良い竹内凉眞君の告白を受け入れないなんて有り得ないと思ってしまうが、それはリアルな話であって、ドラマの世界は別なのである。
さて、芳山は元ボート部員で、腰を痛めてからは写真部に転部したという設定になっている。写真部の彼女が振り回しているのが、名機Nikon F3である。しかも彼女は普段使いのカメラとして、リアルでもF3を所有しているらしい。黒島さんは、当時、日大芸術学部写真学科の学生であったから、F3を持っていても、まあ不思議はない。
それにしても、F3とは、渋いし凄い。僕が山登りを始めたときに初めて買った一眼レフは、キャノンのAL-1だった。F3ってのは、セミプロ以上の人が使うもので、一般人が持ってはイケないカメラだった。当然のことながら、F3はフィルムカメラだし、オートフォーカスでもない。そんなカメラを18才の女の子が持っているのだがら、可愛・格好良いこと此上無い。
このカメラが発売されていた頃って、彼女は、まだ産まれて無いはずだ。昔の機械式の高級カメラは造りがしっかりしていたし、使っている人も大事にしてメンテナンスも怠ることがなかっただろうから、中古でもちゃんと使えるのだろう。
ただ、テレビに出てくるF3は、私物のF3とは違うという話がある。彼女のF3は50mの標準レンズを付けていることが多いのだが、ドラマのF3のはズームレンズに見えるし、ファインダーの形状も異なっているらしい。となると、ドラマのF3は撮影用の小道具である可能性が高いが、それでも同じF3を使うというのは面白い話である。
しかし、何故、日テレは、世間的に無名な3人の俳優に、ゴールデン枠のドラマを任せたのだろう。視聴率は、初回こそ9.4%だったが、第2話では6.6%。「FNS27時間テレビ」が裏で放送された第3話は4.6%と、ボーダーラインとされる5%を割り込んでしまった。その後は、第4話5.1%、最終話6.6%と若干持ち直し、平均視聴率6.5%とある。大爆死と云われたが、出演者を考えれば、よく6.5%も取ったとも云える。
翌年、黒島結菜さんは、NHK時代劇「アシガール」に出演した。NHKが彼女に主演をオファーしたのは、このドラマを担当ディレクターが見ていたことがきっかけだったと云う。竹内涼真くんは、次作の「過保護のカホコ」でブレイクし、菊池風磨くんは、続く「嘘の戦争」で詐欺師の役を好演した。彼らは、この時のチャンスは活かせなかったかもしれないが、確実に次へとつなげていたのである。
「時をかける少女2016」は、原作からの設定をいじりすぎている感がある。だから、旧作のファンたちの、これは「時をかける少女」ではないという批判も理解できる。でも、この作品を1本の青春ドラマと見れば、十分に評価されるべきものではないだろうか。
思いの外、長くなってしまったので、各放送回の感想は、またの機会に。
お終いは、エンディング・テーマ「恋を知らない君へ」で如何であろうか。
いろいろあった手越だが、歌は上手い。