状況から予想すると、喉にポリープでもできたのかと思いますが、入院が必要としか発表されていませんし、療養という表現も気になります。具合が悪いのは、喉だけでは無いとすれば、復帰まではかなりの時間がかかる可能性もあります。
10月中旬を目途として、とありましたから「熊本いのちのうた」とか「新宿TANEBI FES」にはどうにかと云うことでしょうか。11月には、POLUにとって大切なステージ「アクアチッタ・フェスタ」もありますけど、かといって無理をしては、元も子もありませんからね。
で、今回貼り付けさせていただくのは、6月の末に沖縄のイオンショッピングモールで歌った「I LOVE YOU」の録音になります。
再生数1,160万回越えの「音楽チャンプ」の番組テイクから半年後、歌唱の安定度は、さらに向上しています。まあ、ケチをつけるとしたら、Cメロの「温もりの部屋でキスをした」のところの歌い方がちょっと雑になってしまったことくらいでしょうか。
ショッピングモールのイベント広場と云う劣悪なステージで、このデキは素晴らしいですし、京セラドームでのギター伴奏が最悪であったことを考えると、公開されている「I LOVE YOU」の中では、これがベストテイクになると思います。
純奈さんの歌唱を評する場合、必ず「透明感」と云う言葉が出てきます。「透明感」と云うのは、ノーテクニックで無個性な歌い方を評するに便利な言葉として使われることが多く、必ずしも褒め言葉とは云えないのですが、彼女の場合は、「透明なのに○○」と付け足されるのが面白いところです。
その○○の部分には、張りがあるとか、存在感があるとか云われていますけど、最大の特徴は、その質感にあります。彼女の歌声は、透き通っているけど、けっして軽やかでは無い。彼女の歌は透明なのに重いんですよね。
本来、透明な歌声というのは感情表現には不向きです。で、ムリヤリ伝えようとすると、やり過ぎ感が出てしまいます。芝居がクサくなるってやつです。ただ、ボーカロイドの記事でも繰り返して書いていますが、僕は、歌に感情を込めるという行為は、歌唱の必須とは思いません。ですから、透明感ある歌声ならば、そのままストレートに歌ってくれた方が、心に響くことが多い。
ところが、彼女は、その質感のおかげで、そこそこ感情を込めることができて、それなりに伝わってきます。しかも、透明感のおかげで、感情を込めたことが嫌味にならないという強みがあります。これは天性のものです。歌に心を(さりげなく)込めるという、プロの歌手が何年もかけて獲得していく術を、彼女は産まれながらに持っているのです。
「I LOVE YOU」はクリス・ハートさんの持ち歌で、内容的にも男歌のはずなんですけど、歌詞に女々しい部分があって、何となく中性っぽいんですよね。それが上手い具合に、彼女の重く湿った声質にハマったように思います。
お詫びの文章には、追記がありました。ソロ活動については、HMS大阪へ聞いてくれとのことです。POLUのボーカリストとしての丸山純奈と、ソロシンガーの丸山純奈との活動に一線を引いてます。まあ、当然のケジメだと思いますけど、改めて文章として出てくるとインパクトがあります。
今までは、ここのところが曖昧だったんですよね。例えば京セラドームのライブは、HMS関連の活動に思いますけど、POLUのツイッターでもフォローしちゃってたわけですし。
ファンにしてみれば、POLUのすーちゃんも、ソロのすーちゃんも、どっちも大好きです!とか云っていればいいことなんですけど、今後、彼女がプロ歌手として活動していくためには、この二刀流問題は避けられないと思います。
このへんの妄想については、いずれまたと云うことで。
8 件のコメント:
入院のツイートには、正直動揺しました。
やっぱり幼い頃から喉を酷使したからかとか、体質的に喉が弱い或は、ポリープができやすいとか縁起でも無いこと考えてしまい、逆に能天気なツイートして顰蹙かったかもです。
深刻さは、なにも生まないと思ったんですが、場違いだったようです。
彼女の声についてのお考え卓見だと思います。
私も素人ながら彼女の歌については、思うところがありますが、また何れかの機会にコメントさせていただくかもしれません。
今は、ひたすら彼女の全快を願うのみです。
入院のツイートには、ビックリしましたが、
病室からのツイートにも驚きました。
タレントさんのコメントを得られるのは、嬉しいのですが、
SNSなど無かった昭和の人間にとっては、
ファンとタレントの間って、ある程度距離があったほうが、落ち着きます。
彼女がファンからのReplyに対して返信していないのは良いことだと思います。
このブログは、御本人は100%読んでいないという確信がありますから、
まあ、云いたいことを書けるわけです。
彼女の歌にたいするお考え、是非ともお聞かせください。
はい!それではって訳には参りません。そもそも、そんな確固とした意見があるわけでもなく、貴兄のような分析的なものでもありません。まぁ、ファンの妄想のようなものですので、何かの機会に、チョロチョロお話出来たら幸いです。
懸案の「もっと四国音楽祭」結局弟に録画してもらえました。弟は東京在住なので、この先いつになるか分かりませんが、会った時にDVDかBlu-rayを渡してくれるそうです。持つべきは兄弟ですね。
兄からは放送を見たとLINEがありました。なんか懐かしいような清々しい歌だったと言ってました。よく知らないのをいいことに得意になって、散々持論(妄言)を展開してやりました。ファン冥利につきます。
代わりに兄からは、ドラマーの川口千里について自慢されたので、慌ててYouTubeで聴いてます。
ところで純奈ちゃん手術でもするんでしょうか❓心配になってきました。
ここで「川口千里」さんの名前が出てくるとは思いませんでした。
2015年5月5日火曜日に「初音ミク「ネトゲ廃人シュプレヒコール」と天才ドラマー川口千里ちゃん」という記事を投稿したことがあります。
ご存じかもしれませんけど、この動画です。
https://www.youtube.com/watch?v=iL4mUmQErU0
川口さんも21歳になっているんですね。
純奈さんは、退院されたとのことで、一安心ですね。
四国音楽祭については、僕は、実家の父に頼みました。
うまく録画できていると良いのですけどww
少々あきれてます。ちょっと名前を出しただけで、既にブログで論評されてる。
その知識量、情報量一体どうゆうお方なんでしょうか❓
まぁ、圧倒され、気圧されながらも、めげずにコメントします。
川口千里さんについては、僕も同じテレビ番組を見てたようです。
まだ、小学生か中学生だったと思います。もう大学生で、まさかの後輩。順調に才能を伸ばされたようですね。技術的なことは全く分かりませんが、軽快で楽しげなドラミングが素敵です。フュージョンなんて聴いたの久しぶりです。
早熟の天才児的なキャッチフレーズがつく場合、スポーツ等のように実力が結果となって表れるもの以外、ジャンルを問わずつい眉に唾を付けてしまいます。何か、大人が喜びそうなことを先取りされてるような気がします。
でも、やはりこれは完全に偏見でしたね。
なにより僕は、純奈ちゃんにそのキャッチフレーズを冠したがってますから。
それから退院出来てホントに良かった‼️
川口千里さんに関しては、ホントに偶然だと思いますけど、
音楽の世界って意外と狭いんでしょうかw
千里さんの先輩になられるんですね。
家族に、同じ大学の者がいたものですから、
あの辺りには何度か行ったことがあります。
で、川口千里さんにしても、松浦亜弥さんにしても、
もちろん丸山純奈さんもそうですけど、
僕は、凄い「才能」を持つ女の子のファンなんでww
それから、早熟の天才児については、僕も同じくです。
よくいわれる「天才少女」と云うのは、
大人の真似をするのが上手いだけ、ってことが多いですよね。
丸山純奈さんを良いなと思う理由の1つは、
彼女が誰のモノマネでも無いからです。
川口千里さんは、安部潤さんや
ネット系のミュージシャンとの交流もあるようですけど、
初音ミクのライブで、ドラムを叩くには、
彼女は、ちょっとビッグになっちゃいましたね。
「純奈さんの歌は誰の真似でもない」もろ手をあげて賛成です。これって凄いことですよね。
所謂「天才少女」達が、歌唱技術があるだけに本家に寄ってしまうのも無理からぬことのように思います。
ですから、僕には純奈さんが、彼女の年齢で、この本家の呪縛からほぼ完全にフリーであることは、奇跡的なことに思えます。
物真似できるほど器用ではないとも言えますが、かつて純奈ママがアップした小学生の時の「 天城越え 」なんかを聞くとそれほど不器用だとも思えません。
彼女は、カバー曲の選定理由に感動したからとよく言いますが、その歌の何処にどの様に感動してるのでしょうか。
彼女がカバーする歌は、概ね歌詞の優れた歌ばかりだと思います。従って、彼女が少なからず歌詞に心引かれているのは間違いないと思います。
ですが、歌詞は文芸作品の詩と異なりそれ自体で成立するものではなく、楽曲に乗せて相乗効果としてその魅力を発揮するものでしょうから、彼女もまた歌詞のみを活字として読み込んだりはしていないでしょう。
評論家でもない訳ですから、歌をその構成要素ごとに分解するような愚は犯さず、楽曲から彼女なりのイメージを掴み取っているのでしょう。
彼女には、楽曲の核となる魅力を正確に掴み取り、かつ極めて鮮明なイメージを紡ぎだす特別な能力があるのではないでしょうか。
そうでなければ、彼女の歌を聞く人に、鮮やかな情景を浮かばせることなどできないと思います。
僕が初めて彼女の歌を聞いたのは、関ジャニのモーツァルトという番組ですが、この中で絢香の「みんな空の下」を歌っていました。
対戦相手の鈴木瑛美子さんの歌は、挫折しそうになる心を鼓舞するような力強い歌でしたが、本家の歌唱そのものでした。
対する純奈さんの歌は、「何も怖くない 一人じゃないよ」とまるでクラスメートに優しく語りかけるような歌でした。
絢香の歌を歌って、本家に寄せないって、驚きでしたね。
楽曲の捉え方がそもそも違ってるんです。
自分で紡ぎだしたイメージであればこそ、そのイメージに一番叶った歌い方をする、本家の物真似に陥る訳がないのです。
杉山さんも、無理に彼女に寄せた楽曲を提供したりせず、ひたすら自分の信じる歌を提供さえすれば、彼女が更に魅力を引き出してくれるのになぁなんて事まで考えてしまいました。
以上、ファンの妄想にお付き合いくださり、ありがとうございました。
純奈さんの歌唱に関する分析、ありがとうございます。
「彼女には、楽曲の魅力を掴み取り、鮮明なイメージを紡ぎだす能力がある。」
「自分で紡ぎだしたイメージに一叶った歌い方をすれば、本家の物真似に陥る訳がない。」
など、示唆に富んだ考察をいただき、いろいろと考えさせられた次第です。
僕は、どちらかと云うと、「彼女は、歌うときには、ほとんど考えていないんじゃないか」という立場だったんですけど、「楽曲から彼女なりのイメージを掴み取っている」のは確かなように思います。
「島津亜矢」さんのエピソードに、歌手となるべく英才教育を受けていたときに、曲は、2回聴いただけで覚えるように云われたそうです。つまり、それ以上聴いていると、本家のモノマネになってしまうからで、どんな歌でも、全て純奈節にしてしまう彼女というのは、面白い子なんだと思います。
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