2017年9月24日日曜日

「スカボローフェア」サイモン&ガーファンクルfeat.巡音ルカ

 サイモン&ガーファンクルと云えば、映画「卒業」ですよね。ダスティン・ホフマンが主演し、1968年に封切りされたこの映画は、感動の(?)ラストシーンと全編に流れるポール・サイモンの楽曲で、青春映画の最高峰とされています。
 映画で流れてくる楽曲は、「サウンド・オブ・サイレンス」「スカボロー・フェア」「4月になれば彼女は」「プレジャー・マシーン」そして、この映画のために作られたと云う新曲「ミセス・ロビンソン」です。
 
 有名な映画なので、テレビの映画劇場でも放送されましたし、それを見た覚えもあますが、ナンと、僕は、この映画を劇場で見ているんです。

 中学校を卒業した春休みのことでした。義務教育の間はクラス替えがあるにしても、皆、同じ学校に通っていたわけで、それが高校進学では、別々の学校に進むことになります。そんな卒業式と入学式の間というのは、何とも云えない「おセンチ」な気分ですよね。そんな時に、隣町の映画館に「卒業」がやってきたんです。卒業の季節なんで、ウケるだろうってことで、何年振りかで再上映したんだと思います。
 もちろん、サイモン&ガーファンクルにハマっていた僕らは、喜んで見に行きました。男子と女子、それぞれ4人ぐらいのグループだったと思います。1対1じゃ付き合えない、典型的な中学生のグループ交際でした。まだマクドナルドなんて無い時代でしたから、中学生でも入れそうなカレースタンドで昼飯を食べて、それから・・・忘れてしまいました。

 肝心の映画の内容は、ほとんど理解できてなかったと思います。しばらくしてテレビで放映されたのを見てやっと分かったってところでしょうか。って云うか、ウブな田舎の中学生ですからね。彼女の母親と何であんなことになるのか理解不能なのも当然です。でも、何となく羨ましいなあ、なんて心の底では憧れましたが・・・。
 花嫁を奪ってしまうという、有名なラストシーンは、感動するもなにも「こんなことになって大丈夫なの?」って、不安な気分が先立ってしまい、僕的には後味の悪い作品でしたw

 音楽は、分かりましたよ。あっ「サウンド・オブ・サイレンス」だとか、「スカボローフェア」だとか。当時は、知っている音楽が流れてきただけで、嬉しかったんですけど、今思うと、とってつけたような感じに思います。もともと、既存の楽曲を当てはめたわけですから、歌詞の内容が、映画の中身とリンクしている訳でもないし。主題歌はともかく、歌詞付きの音楽がサウンドトラックというのは、映画的には、どういうものなんでしょうか。

 映画にも使われていた「四月になれば、彼女は」です。僕は、この楽曲に憧れて、ついにピアノでスリーフィンガーが演奏できるようになったんですよ。


 今回貼り付けさせていただくボカロカバーは、「スカボロフェア」になります。この曲は、世界中でホントにたくさんのボーカロイド作品が発表されています。他の楽曲と桁が違います。唄わせやすいとか、挑戦させたくなるとか、様々な理由があると思いますけど、優れたカバー作品が、新たなカバー作品を誘発するってこともあったかと思います。伴奏のMIDI音源が公開されたりすれば、カバー作品作成の敷居も少し下がるでしょうし。
 で、たくさんの作品からセレクトさせてただいたのが、こちらになります。


 S&Gファンの方でなくともご存じかと思いますが、「スカボローフェア」は、正確に云うと、彼らの楽曲ではありません。映画で使われていた「スカボローフェア」は、イギリスで古くから歌われていた作者不詳の伝統的バラッド「Scarborough Fair」に、彼ら創作の歌詞(反戦歌)とメロディーを被せたものを「スカボローフェア/詠唱」として1966年に発表したものになります。「Scarborough Fair」は、400年近く前には原詞が存在していたことが確認できるそうですから、ものすごい古謡になります。
 オリジナルの部分と、加えられた部分、ともに意味深な歌詞の解釈は、僕の手に負えるものではありませんが、単純に1つの楽曲、歌詞の意味もよく分からない洋楽の1つとして聴いた場合、この詠唱の部分があればこその名曲に思いますし、このデュオこそがサイモン&ガーファンクルの真骨頂に思います。

 ボカロカバーにも、詠唱の部分の付いている作品と付いていない作品があります。同じ、又は異なる2体のボーカロイドに歌わせた場合、最も難しいのが2つの旋律のバランスだと思います。ポール・サイモンとアート・ガーファンクルだったら、阿吽の呼吸ってところでしょうけど、機械はそういうわけにはいきませんからね。

 ところが、YouTubeにアップされている彼らのライブ動画の「スカボローフェア」は、詠唱タイプのものではありません。確かに、主旋律でハモった場合、3人いないと歌えないんですが、何故、詠唱の部分の方をカットするのでしょうか。あからさまな反戦歌としての部分が敬遠されたのでしょうか。この辺の事情は、S&Gファンの方々に御教授いただきたいところです。

 そういえば、中学生の時「スカボローフェア」と云ったら、「違う!スカボローフェア/詠唱だ。」って、偉そうに言い返されたことを思い出しました。でも、今は、そんなウンチクを云う奴はいないんじゃないでしょうか。カバー作品を投稿しているボカロPさんも、それほど意識して無いように感じますし、詠唱の部分は、単なるバックコーラスであって、有っても無くても、という扱いになった感すらあります。

 イングランドの伝統的バラッド「Scarborough Fair」は、サイモン&ガーファンクルによって、「スカボローフェア/詠唱」として、世界中に広まり、スタンダードになるにつれ「スカボローフェア」に戻っていった。

 と、巧いこと云ったつもりになったところで、お終いは「スカボローフェア/【詠唱】」です。映画の名場面集とともにサウンドトラック盤で。

0 件のコメント: