2016年6月15日水曜日

栃木県益子「西明寺」 №300 ~笑い閻魔と九躯の観音様とステージ4b~

 6月になって、投稿のペースが落ちていることに気がつきました。いつでも書けると云う思いが油断につながっていたようです。それから松浦亜弥さん関連の記事が少なくなっていますが、ファンをやめたとか、ネタが切れたということでは無くって、テンション待ちというのが正直なところです。
 で、今回は、今までに訪ねた寺院を思い出しながら、記事を書きました。今まで訪ねた寺院は約300ヶ寺、全部書くと300回分のネタになりますが、それをすると別のブログを立ち上げなくてはなりませんから、あくまでも繋ぎということにしておきます。では、


 先日、仏像・寺社巡りで集めていた御朱印が300になりました。記念すべき300筆目は、「西明寺」です。西明寺という名前のお寺さんは、日本中にたくさんあります。一番有名なのは、紅葉の名所、滋賀県湖東三山の西明寺でしょうか。僕も湖東三山には何度もお参りしましたけど、今回の西明寺は、そこじゃ無くって、栃木県の益子にある西明寺です。


 仏像巡りを始めてから、御朱印を頂くようになったんですけど、お寺に行っても御朱印をもらえないこともあります。でも、1つのお寺さんで、複数の御朱印をいただくこともありますから、御朱印300ってことは、訪ねたお寺さんも概ね300ヶ寺ぐらいってことになります。

 今回は、特に西明寺が目的地というわけでは無くって、ついでに寄ったくらいの感じだったんですけど、なかなか侮れない立派なお寺さんでした。さすが坂東三十三観音の札所です。 
 御朱印は、下の寺務所でいただきました。本堂内陣の仏像を拝観したい者は、ここで三百円を納めて階段を登って行くのですけど、上には、誰もいなかったです。本堂内には、監視カメラがあったようですけど、後はご自由にという感じでした。


 さすが札所。なかなかの御朱印です。真ん中の文字、十一面観世音はご本尊さまの名前です。


 寺伝によると、建立は奈良時代まで遡るようですが、現在の寺容が整えられたのは、鎌倉・室町時代からのようです。重要文化財は、本堂内の厨子の他に、楼門と三重の塔が指定されています。どちらも室町時代の建築で、地味ですけど、落ち着いた立派な建物でしたよ。楼門には、大きくて立派な仁王様もいます。


 内陣です。撮影禁止の表示は無かったんですけど、監視カメラもあるし、後で注意されるのもイヤですから、写真は撮りませんでした。これはネットから拾ってきたものです。仏像に関しては、全然期待していなかったので、この質と量は、かなりのサプライズでした。関東でこれだけの仏像を持っている寺院は、そうあるものではありません。鎌倉・室町時代の仏像と云うことですけど、かなりの修理が入っているようで、全て県の指定文化財です。これが奈良・京都であれば国の重要文化財に指定されるレベルの仏像もあるかと思うんですけど、東国の仏像はどうも低評価されがちなんですよね。

 重要文化財の厨子の中には、ご本尊さんがいるはずですが、秘仏と云うことで扉は閉まったままです。札所のご本尊さんというのは、秘仏であることが多いですね。仏さんは、見るものでなく拝むものですから、姿を見せない方が有り難みが増すという、良く或る演出です。厨子の前にいらっしゃるのは、御前立ちの観音様で、両側は脇侍の観音菩薩と勢至菩薩です。

 この中で目を引いたのは、向かって左の千手観音様です。後世の修理が入っていることを差し引いても、良く整っている仏像です。特に台座は、蓮の花の彫り方が、いかにも鎌倉時代っぽいです。鎌倉時代のオリジナルかもしれません。右には、真言宗のお寺らしく、如意輪観音様もいます。他にも准低観音様、馬頭観音様、聖観音様など、観音菩薩のオンパレードでした。


 趣の或る茅葺きのお堂は、閻魔堂です。で、中にいらっしゃるのが、この寺院の名仏「笑い閻魔」です。


 時代的には、そう古い像ではないようです。遡っても江戸時代くらいでしょうか。手前の2体は、司命・司録という、地獄の裁判所の書記官みたいな方たちです。後ろの両側には、お地蔵様と、奪衣装婆がいました。で、真ん中が「笑い閻魔」と呼ばれている閻魔大王ですね。
 怖いはずの閻魔様なのに笑っているというのは珍しいので、この寺の名仏になっています。笑っている理由がパンフレットに書いてありました。閻魔様は、地蔵菩薩の化身とされています。で、地蔵菩薩は、いつも笑顔なんで、その化身の閻魔様も笑っているとのことですけど、ちょっと無理矢理感がありますね。
 これは、僕の予想なんですけど、この像を造った人って、最初は怒っている像を造りたかったのでは無いでしょうか。そしたら、皆から笑っているみたいだって云われたんで、開き直って笑い閻魔にしちゃったとかw

 喜怒哀楽って云いますけど、喜びも怒りも哀しみも楽しさも、人間って同じ表情をするように思います。子どもが笑っているのか泣いているのか分からない時があるように、もの凄く怒っている顔とか、もの凄く悲しんでいる顔とか究極の表情って、同じじゃないかって思うんです。だから、笑い閻魔の顔も、その時その時に、拝観する者の心持ち次第で、変わるんじゃないかって。なのに笑い閻魔なんて名付けたものだから、笑っているようにしか見ることが出来なくなっちゃったんじゃないかって思うんです。
 って、こっちの方が、ちょっと無理矢理でしたかね。

 最後に西明寺の住職「田中雅博」師についてです。この記事を書くにあたり知ったんですけど、田中師は、元国立がんセンターのお医者さんだったんですね。実家である西明寺を継いだ後も、住職を務めながら境内に診療所を建てて、医師と僧侶の二足のわらじで活躍していたとのことです。
 さらに驚いたことに、田中師は、2014年10月にステージ4bの膵臓がんが見つかり、肝臓への転移も見つかったとありました。
 僕はステージ3Cの直腸がんですから、自分で言うのも何ですが、なかなかのものです。けど、4bには敵いません。ましてや膵臓がんですから余命1年も無いと思います。発見が2014年10月ってことは、失礼な話ですが、すでにお亡くなりになっているかもしれません。
 師は、癌が見つかった後も、著作を発表し、講演会の依頼があれば何処へでも出かけていったといいます。患部には痛みもあったと思います。末期がんの専門医で、僧侶で、自らも末期がん患者という田中師ですが、こんな動画がありました。


このことを知ってから、お寺を訪ねたら、もっと違う印象を持ったかも知れませんね。

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