2023年11月21日火曜日

「僕が死のうと思ったのは」covered 丸山純奈

2023年11月16日、丸山純奈さん(すーちゃん)の何回目かの路上ライブが、新宿駅西口であったようです。ブログの更新は滞っておりますが、路上ライブ系YouTuberの方々のおかげで、チェックだけはちゃんとしております。

事前に告知されていたこともあって多くの人が集まり、始まる前から警察の解散要請が出ていたと聞きました。場所を変えたりしながら、2曲だけ歌ってお終いになったそうです。路上ライブもそろそろ限界じゃないのかなぁ。警察から事務所に苦情とかいってそうだし。

で、その時の1曲目に歌ったのが、中島美嘉さんの「僕が死のうと思ったのは」。いつ中止になってもおかしくない情況で1曲目に歌ったってことは、これが一番歌いたかったんだと思う。すーちゃんは、昔から中島美嘉さんの曲をよく歌ってましたけど、この曲は、中学生には歌えないですね。

今回貼り付けさせていただいたのは、Music Collectionさんの動画。歌詞付きなのでセレクトいたしました。オジサンになると、聞えてはいるんだけど、なに云ってるか分からなくなってくるんで、字幕は大切です。

全然、中島美嘉っぽくないなぁ、どこかで聴いたことあるなぁって思ったらamazarashi(秋田ひろむ氏)の楽曲だったんですね。改めて聴いてみるとamazarashiそのもの。と云うわけで、こちらが御本家。            


さすがですね。本家に優るもの無し。電灯を消した部屋で、聴きながら泣いてる奴とか居そうな感じ。僕は、もう歌を聴いて泣くこともなくなってしまいましたが、秋田氏の楽曲は、ほどほどに抽象的で、一つ一つの言葉が心に響いてきます。

「絶望していたけど、君に出会えて希望が出てきた。」みたいなオチでしょうか。死にたいなんて負のオーラが出ている奴に、素敵な彼女なんてできるわけないって一瞬思ったんですけど、ここの「あなた」は、必ずしもカノジョではないんですよね。むかし、人生に絶望していたけど「あやや」に救われた、みたいな話を聞いたことがありますけど、人に希望を与えてくれるものって、アイドルであったり、楽曲であったりするわけです。

折角ですから、中島さんのテイクも貼り付けさせていただきましょう。見つけたのは、ファースト・テイクのやつです。

これも、儚く激しく切ないですね。途中、怒っているのかと思いましたよ。

三者三様でありますが、すーちゃんが一番平凡に歌っています。絶唱しても怒鳴ることなく、地声で張り上げてもどこまでも優しく。ようやく、僕の知っているすーちゃんが戻って来てくれました。

路上ライブを始めたばかりの頃は、どことなくおっかなびっくりで、自信もなさげに聞えたんですけど、ようやく潤滑油がまわってきたようです。ファンの方々は、大人になって歌がさらに上手くなったって云いますけど、歌唱力って云うのは、人前で歌い続けることで向上するモノ。だから、動き始めたこれからに期待しています。

二十歳になって最初のライブに「僕が死のうと思ったのは」を選曲したってのは、意味のあることだと思うし、この曲に登場する「あなた」のような、そんな歌手になってくれたら良いなと考えた次第です。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

こんにちは、初めてコメントさせていただきます。
音楽チャンプの頃から純奈さんに注目していた者です。最近まで活動を休止していたことなどは、大さんの過去の記事などで知りました。私もこの「僕が死のうと思ったのは」の動画がおすすめに出てきて、久々に彼女の姿を見ました。

歌自体は昔と変わらず、いえ昔よりも心に響いてくるのですが、深く帽子をかぶっていることもあってか、以前のように明るく希望に満ちて歌を歌っている少女というよりは、少し、影を感じました。選曲も暗い曲が増えました。一生懸命心を込めて歌っているし、それがこちらの心にも響いてくるのですが、でもどこか、何かを諦めたような印象を受け、でも祈るように、願うように、あるいは誰かを探しているかのように歌っているふうに見えました。

活動を休止したのも、色々あったのだろうな、と思います。歌いたくなくなったのかもしれません。それが今の彼女にも影響しているのかもですが。でも、それでもこうして活動を再開して、懸命に路上で歌い始めて。

少し、大さんをはじめファンの方々にお聞きしたいのですが、純奈さんは今、小栗旬さんも所属しているような立派な事務所に所属しているようですが、なぜ路上ライブを繰り返しているのでしょうか。事務所側では、彼女に似合うような曲を書いてくれる作曲家によるプロデュースなどは調達できずにいるのでしょうか。路上で歌うことで見つけてきてほしいと思っているのでしょうか。

どういう意味で、何を求めて、彼女に路上ライブを繰り返させているのでしょうか。純奈さんご自身も、路上で歌ってそれをSNSでも拡散されることで、曲を提供してくれる作り手が現れるのを待っているのでしょうか。ご自身でも曲は作っておられるようですが。気になったので、知りたいと思いました。もし不適切でしたら、コメント削除してください。

さんのコメント...

コメントありがとうございます。

路上ライブは「武者修行」ってことでしょうか。
それもあるかもしれませんが、僕は「リハビリ」だと思っているんですよ。


理由は分かりませんが、純奈さんは、高校卒業後の1年半は、全く活動ができない情況にありました。
それまでは、活動休止とは云っても、NHKの四国音楽祭などに出てきたり、SNSに投稿したりしていたのですが、高校3年生の冬に、2,3のライブに出演した後は、全く活動が見えなくなってしまったのです。先日の横須賀ライブでは、オリジナル曲を3曲披露してくれましたけど、あれらも上京して間もない頃に作った曲ばかりです。

そんな中、今年の春から路上ライブを始めたんですよね。メジャーデビュー前とは云っても、彼女は事務所所属のタレントさんですから、普通はそんな活動は出来ないはずで、「名前を伏せる」「顔を出さない」(バレバレですけどw)「(事務所が版権を持っている)オリジナル曲は歌わない」などの条件がついていたのだと思います。路上ライブをしたいと彼女から云ったのか、まわりの誰かに勧められたのか分かりませんが、彼女が普通に活動再開ができなかったのは、それだけ厳しい状況にあったからではないかと思います。

フォロワー0人から始めて、吉祥寺などで歌っていた時は、聴く人もほとんどいなかったようですけど、新宿で歌い出して、ストリートライブ系のYouTuber「DOOR」さんや「music紫乃」さんに紹介されて、フォロワーの多いYouTuberさんにも注目されて、今になります。元々、知名度のある子ですから、本当の0からのスタートってわけではないんですけど、歌声だけでこれだけの人を集めるのは凄いことだと思います。動画もお勧めに出てきたり、100万回以上回っているのもありますしね。

路上ライブは「リハビリ」とも「武者修行」とも云えますが、少なくとも事務所から冷たくされているとは思えません。歌わない歌手を5年間も在籍させている所ですから。

以上は僕の妄想です。もしかしたら、全てが仕組まれた演出かもしれませんし・・・w

事務所が関わっている仕事も3つほどやりましたので、取りあえずは大丈夫かなと思っています。あとは、NHKの歌番組にでも出てくれれば安心です。大手事務所「トライストーン」の力でねじ込むことぐらい出来そうに思うんですけど、素人が思うほど簡単なものでは無いんですかね。

匿名 さんのコメント...

とてもご丁寧にお返事くださり、ありがとうございます。

路上ライブは「武者修行」であり「リハビリ」でもある。なるほどですね。確かにリハビリも必要かもですね。

私のコメントは、少し事務所側を糾弾するようなコメントになってしまいましたが、確かに「名前を伏せる」「顔を出さない」という当初の条件だったとすれば、にもかかわらず名前も自ら名乗って顔もバレバレな(笑)純奈さんの活動を容認してくれているのなら、とても優しい対応なのかもしれませんね。

本当は、純奈さんご本人に手紙を出そうか、そこに書こうかと思っていたことなのですが、ここに少し書くことにします。

私は曲を作っている者です。10代の頃に音楽を聴いて心救われ、自ら命を断つことを思いとどまりました。それで今度は自分が音楽を届ける番だと思い、自分の道を決めました。

しかし重い病気にかかり厳しい闘病生活が始まったこともあって、長い間音楽をやめていました。病気で半生を棒に振り、多くの時間を、また自分自身を失いました。
それでも「病気で辛い経験をしないとこんな歌は書けなかったな」と言えるような歌を書き溜めてきました。

それで何とか今からボイトレにも通って、音源化の練習もして、自分でその歌を歌えるようになって世に出したいと思い、最近また音楽に向き合いだしたところでした。ですが、自分で編曲もやって歌唱力も今から習得して..となると、配信できる日は一体いつになるのかと葛藤していて。尚且つ今も病気があるので、思うようにレッスンもできず、堕落した生活を続けていました。正直、また命を断ちたいと思うことが多くなっていました。

そんな夜中にYouTubeを見ていて「僕が死のうと思ったのは」が出てきました。こんな歌が2013年に出ていたと知らなかったのですが、自分のことを歌われているように感じて、歌を聴いて泣いたのは久しぶりでした。
その日から数日間、ずっとその動画や純奈さんの再会後のライブ動画を呆然と見続けています。

彼女は作り手に恵まれず、こうやってずっと歌い続けているのに、私はボイトレに行けなくて、歌い手がいなくて困っている。
「何をやっているんだろう。もう自分で歌うことにこだわるのはやめようかな?この子になら、歌ってもらいたいかもしれない」そう思えて、色々考えました。それでどういう状況なのか気になって、先のコメントをさせていただいた次第です。

彼女も色々あったのか、以前にはなかった影を感じますが、僕は歌を歌ううえでは影や暗い部分を歌えるようになってこそ一流だと思っています。そういう意味でも、彼女もまた一度挫折して音楽から離れていたことは、決して無益ではなく、彼女にとって良かったのではないか、と思います。

ayaseさんが幾田さんを拾ってYOASOBIを作ったように、私が純奈さんのそれになれるかは分かりません。でももし神様のほうでプランがあるのであれば、必ず結び合わされると思います。その日に向けて、私ももう一度音楽を頑張ろうと思えました。

長文失礼しました。

さんのコメント...

貴重な体験談をありがとうございます。歌のもつ力は凄いと、改めて考えさせられました。

バレバレな路上ライブを始めた純奈さんが、初めて帽子をとって自己紹介したのが9月30日の歌舞伎町ミュージックライブでした。これは事務所のホームページにも告知されている、事務所が関わったライブ出演のようで、オリジナル曲も歌っています。ですから、約束は(一応)守っているんですね。あっさりと、自己紹介しましたけど、あの意味は大きくって、彼女の復活を待ち望んでいたファンにとっては、涙モノの出来事だったと思います。

YOASOBIもそうですね。僕も「いくら」さんが、音楽チャンプに出ていた幾田さんだったと知ったときは驚きました。運命的な出会いってあるんだなと。

今は、個人が楽曲を発表する機会も、楽曲制作の支援ツールもあると聞きました。匿名さんが歌を世に出される日が来ることを願っております。