2018年5月3日木曜日

ウォーターライン製作記 ⑫ ~幻の巡洋戦艦「赤城」とワシントン軍縮条約~

歴史家「磯田道史」氏によると、国家はその時代ごとに、最も金を喰う部門を抱えているという。
江戸時代は、それが「大奥」であり、現代は、差し詰め「医療福祉」であろう。
そして近代のそれは「海軍」であった。
産業革命による技術の急激な進歩は、最新鋭の軍艦をたちどころに旧式化してしまった。
大金をつぎ込んで建造しても、竣工する頃には、また新たな新型艦の建造が必要になったのである。

海戦はスペックの戦いである。
性能に劣る兵器では100%勝てない。
海軍が陸軍と比べて、若干ではあるが、合理的なのは、そのためである。
そして、軍艦の維持には莫大な費用がかかる。

当時の日本海軍が計画していた八・八艦隊は、艦隊建造に国家予算の1/3を使う予定だったという。
さらに、全艦隊の年間維持費は、当時の日本の歳出規模15億円に対し、6億円と予想されていた。
つまり、膨れ上がった艦隊は、その維持だけで、毎年の国家予算の4割を使う予定だったのである。
これでは、国家がもたない。

軍事費は国家予算を圧迫し、折からの世界不況と重なって、列強各国の財政は破綻寸前になっていた。
海軍のために国が滅びるというのは、現実に起こりえる問題だったのだ。
これがワシントン・ロンドン軍縮会議が開かれた背景である。

条約で決めたことは、お互い、しばらくの間、新しい軍艦を造るのはやめようということと、
造りすぎた軍艦は、みんなで廃棄しようとの2つである。
日・米・英の保有比率は、3:5:5と決められた。

今では信じられないことだが、当時は、アメリカよりもイギリスの方が海軍力が大きかった。
だから、この条約によって、日の沈まぬ国と称された大英帝国の海軍は、
新興国アメリカに追いつかれることになった。
日本は、対米比率を7割にすることを強く主張した。
7割あれば、どうにか対等に渡り合えると考えていたからだ。
でも、結局は6割で落ち着いた。
条約が流れてしまって、日米が無制限に軍艦を造り始めたら、
アメリカと日本の差は、6割どころか、とてつもなく広がってしまうからだ。
それほどアメリカの国力は強大で脅威だった。

日本は、対米6割とはいえ、
40cm砲を8門搭載した最新鋭の戦艦「長門」と「陸奥」の保有を認められたので、
伝えられている程には、悪い話で無かった。

条約の発効により、既に船体部分が完成していた巡洋戦艦「赤城」の建造は中止となり、
航空母艦に変更されることになった。

建造計画が進んでいた「八・八艦隊」というのは、戦艦8隻と巡洋戦艦8隻を中核とする艦隊である。
「巡洋戦艦」と云うと、大型で攻撃力・防御力に優れた戦艦と、
中型で高速の巡洋艦の「中間的」な艦艇をイメージするが、
ここで云う「巡洋戦艦」というのは、
巡洋艦の行動力と、戦艦の攻撃力を合わせ持つ「スーパー巡洋艦」のことである。
同じようなカテゴリーに「高速戦艦」というものがあって、軸足をどちらに置いているかであるが、
より速力に優れているのが巡洋戦艦、防御力に優れているのが高速戦艦と云ったところであろうか。
巡洋戦艦「赤城」は、41cm連装砲を5基10門搭載、速力30ノット、排水量4万トン以上という、
戦艦「長門」よりも強大で、後の戦艦「大和」よりも高速な艦になるはずであった。

空母「赤城」と純国産戦艦「山城」の2ショットである。
巡洋戦艦の船体を流用した空母「赤城」のほうが、戦艦よりも一回り大きいことが分かる。



条約により、戦艦や巡洋戦艦から航空母艦に計画変更されたのは、赤城と加賀の2隻であった。
両艦はミッドウェー海戦で撃沈されるまで、大型正規空母として機動部隊の中心となって活動した。

実は、同様のことは、アメリカでも行われていて、珊瑚海海戦で撃沈した空母「レキシントン」や、
潜水艦や特攻機の攻撃を受けながらも、終戦まで生き延びた空母「サラトガ」は、
ともに、巡洋戦艦からの計画変更によって建造された空母であった。

「赤城」は、初の近代的航空母艦であったが、当時の飛行機は、まだ複葉機が一般的で、
そもそも、飛行機を艦船に着艦させるなんて芸当が、可能かどうか分からないという時代であった。
赤城は、急速な航空機の発達に合わせて、試行錯誤の改装を繰り返していくことになる。

やがて、軍縮条約が失効すると、各国は制限無く軍艦の建造を進め、
日本海軍も、巨大戦艦「大和型」や正規空母「翔鶴型」の建造を始めた。
太平洋戦争が開戦すると、日米両国は航空母艦の建造をさらに進め、
空母機動部隊を編成していくことになる。
航空母艦の建造と機動部隊の運用に最も力を入れたのが、日本とアメリカであり、
真珠湾奇襲作戦、珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦、、南太平洋海戦、マリアナ沖海戦など、
太平洋戦争の主だった海戦の主役は、空母機動部隊であった。

機動部隊の発達は、軍艦に対する考え方を変化させた。
艦船の役割は細分化され、それぞれの性能に特化した艦船で、艦隊を組むようになったのである。
巡洋戦艦は、1隻に多様な性能を詰め込んだ結果、高速と云っても駆逐艦や巡洋艦より劣っていたし、
防御力は戦艦には及ばなかったから、至近距離での撃ち合いでは分が悪かった。
何より、建造に莫大な費用がかかる巡洋戦艦は、コストパフォーマンスが悪すぎた。

巨艦でありながらスマートなシルエットで、軍艦の中で最も美しいと云われた巡洋戦艦であったが、
条約が失効し、建造の制限が無くなっても、再び建造されることはなかったのである。

実在しなかった巡洋戦艦「赤城」であるが、フジミから再現モデルが発売されているとのことである。

近代国家が、持てる技術と金を惜しげもなくつぎ込んだのが海軍である。
人殺しの道具にすぎない軍艦が、何故これほどまでに魅力的であるのか、これが理由の全てである。

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