2017年3月17日金曜日

伊豆と駿河と遠江、そして静岡県

 静岡県というのは、思っている以上に東西に長く延びています。「のぞみ」は全てスルーしますけど、新幹線の駅は6駅もありますし、高速道路を運転していても、静岡県を通りぬけるだけで疲れてしまいます。
 電力会社も富士川を境に、中部電力と東京電力に分かれています。ですから同じ県なのに周波数が50Hzと60Hzの所があります。震災直後、計画停電が夜にあると、東部の人たちは、中部電力の管内である富士川の向こう側に遊びに行ったりしたものでした。
 
 静岡県は、過去には「駿河」「遠江」「伊豆」の3つの国に分かれていました。「遠江」は、現在の西部地方、「駿河」は現在の中部地方と東部地方の半分、「伊豆」が東部地方の残り半分にあたります。
 昔の人が別の国としていたのは、それなりの理由があります。って云うか、同じ県になっていることが不思議なくらい違iいます。

 というわけで、今回は、静岡の県民性についてです。ただし、静岡県民は怠け者が多いとかいう、個人レベルの話にならないように心がけていきたいと思います。

 まずは、言葉です。「浜松弁」と「静岡弁」は、全く別の言語です。単語が異なるだけで無く、イントネーションからして全く違います。標準語を話していると自負している東部の人間からすると、「浜松弁」は、ほとんど「名古屋弁」です。ですから、「静岡弁」と「浜松弁」の違いは、「標準語」と「名古屋弁」との違いに匹敵します。

 それから、浜松の人たちは、「中日ドラゴンズ」を応援しています。東部の人間は、基本的に「ジャイアンツ」です。中部地方の一部には、「横浜ベイスターズ」を応援している人たちがいますが、これは、昔々、静岡が大洋ホエールズのキャンプ地であったことに由来するものです。
 プロ野球のキャンプ地に使われていたくらいですから、静岡の気候は穏やかです。南に駿河湾をかかえ、残りの三方を山に囲まれている静岡市は、陽だまりの中で暮らしているようなものです。宮崎よりも暖かいくらいです。今年、大寒波がやってきて全国的に雪が降った時も、静岡は雨でした。
 一方、浜松は、遠州の空っ風が吹きます。雪雲が濃尾平野を抜けてやって来るので、時々雪も降ります。

 でも、その分、西部の人間は、たくましいところがあります。遠州には、「やらまいか」という言葉があります。とにかくやってみようというチャレンジ精神を表す言葉です。ですから、遠州には、たくさんの起業家が育ちました。音楽の「YAHAMA」と「KAWAI」、自動車の「ホンダ」と「スズキ」など数え切れない程あります。世界の「TOYOTA」は、今でこそ愛知県が本拠地ですが、「豊田佐吉」氏は、遠州の出身です。
 静岡には、「やらまいか」をもじって「やめまいか」という言葉があります。面倒なことをいやがって、現状維持を良しとする精神です。
 江戸時代、大御所となった徳川家康は、駿府(静岡)に住んでいました。ですから、駿府の町はいろいろなことで優遇されていました。家康に甘やかされていた駿府の商人たちは、何の苦労も無く特権を手にしていたんです。日本全国にコンビニが広まっていった時代、最後までコンビニがなかった都市が静岡市でした。

 それから、静岡県人を揶揄する言葉に、「遠州の泥棒」「駿河の物乞い」「伊豆の餓死」というのがあります。食べ物がなくなったときの行動ですけど、この言葉の根拠は、もうお分かりですね。アグレッシブな西部、他人任せの中部ってことです。
 「伊豆の餓死」っていうのは、何もしないってことですけど、あまり困難に遭遇することが無いということの裏返しでもあります。もし、静岡県人について、温暖な気候の中で、争うこと無くのんびり暮らしているというイメージがあるとすれば、東部の人間がそれにあたります。これといった産業もないのに、暮らし向きが豊かで(実際に年収が多いと云うことで無く、気持ちの面で)新車の売上げも一番多いと云われています。

 スポーツは、完全に西高東低です。っていうか、僕が子どもの頃から、運動に限らず全ての部活動において、東部と西部のレベルの差は歴然としていました。野球、サッカーから、吹奏楽、読書感想文にいたるまで、全ての大会、コンクールにおいて東部は西部に敵いませんでした。
 だからといって、頑張ろうってことにならないのが東部の特徴。東部の学校が高校野球やサッカーの代表になれないのは、有力な私学校がないからばかりではありません。
 でも、西部には中学校や高校で燃え尽きてしまう奴も多くって、プロの選手には、東部の人間が意外に多かったりします。

 東部からだと、浜松は東京よりも遠いですし、話し言葉も違うので、外国に行った気分になります。電話代の請求がNTT西日本から来た時は何かの間違いだと思いました。
 西部の人間は、静岡県人にもかかわらず富士山を見ると喜びます。県民あるあるで「静岡県はこんな所です」って「ももクロ」の子が言うと「それは西部のことだろ」ってつっこみ、勝俣が言うと「それは東部だろ」ってつっこまれます。だから、静岡県代表で出てきた奴がどこの出身かを大変気にします。
 
 でも、同じ県のおかげで良いこともあります。炭焼きレストラン「さわやか」があります。手土産に困ったら「うなぎパイ」を持っていきます。パチンコ「コンコルド」のCMを見ることが出来ます。

 このように静岡県は、東日本的で、西日本的で、山あり、海あり、街あり、農村あり、漁村ありと、様々な特性を合わせ持っているので、マーケティング業界では、新製品のテスト販売に使われることが多いと聞きました。

 そんな静岡県民が心を1つにするのが防災訓練です。30年間東海地震のことばかり言われ続けたので、子どもの頃から避難訓練ばかりしています。どんなオンボロ市役所も耐震化だけはガッチリされていますし、どの家庭でも家具は壁に固定されています。避難訓練のネタ話を語り合う時、僕らは同じ静岡県民であることを認識するのです。

2 件のコメント:

  1. こういう地理ネタというか地域ネタというか、こういうのも私好きです。
    私の住む広島県も西部の安芸地域と東部の備後地域でいくらか違いがあります。備後は言葉も商圏も岡山に近いですね。

    静岡というと申し訳ないのですが圧倒的に通過することの方が多かったです。もちろん目的として訪ねたことはあります。最近ではわたしの趣味である古い町並の探訪、別の機会では伊豆でオフ会もありました。ただ、伊豆となると半分関東といってよい地域ですね。
    いずれにせよ静岡県は、こちらからだともう東日本というイメージでしかないのですが、浜松などは多少西日本的な要素もあるのですね。東西に長いのと、東西端では名古屋、首都圏という二つの都市圏の影響を受けるという事情もあるのでしょう。山口県も似たところがあるようです。

    静岡県はまたいつか訪ねることがあるでしょう。その時を楽しみにしています。

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    1. ごめんなさい。広島は安芸一国だと思ってました。吉備の国は、全て岡山県かと。
      住んでいるところから遠くなるほど、地理的感覚の縮尺は、小さくなるみたいですね。

      静岡県の立ち位置ですが、
      箱根の山がありますから、関東圏には入れてもらえず、
      一応、東海4県というグループに入ってますけど、
      そちらも「愛知・三重・岐阜」と「静岡」って感じで、
      中京圏にも入れてもらえてないように思います。

      それから、「伊豆」についてですが、
      相模湾に面した「東伊豆」は、東京のテレビやラジオの電波も届きますし、
      首都圏からのアクセスもよく、通勤・通学も可能ですから、
      熱海・伊東などは、関東の外れと言えるかもしれません。

      しかし、駿河湾に面した「西伊豆」は、陸の孤島と云うと大袈裟ですが、
      首都圏に出て行くのは、一日がかりの大仕事です。

      で、「南伊豆」になると、伊勢・志摩とか房総半島の南端と同じ黒潮文化圏になります。
      僕の親の代の頃は、話し言葉も明らかに違っていたそうですし、
      今でも、三重県に親戚がいるなんて家も多いと聞きました。

      少し前まで、伊豆はどこも廃れていましたが、
      最近は、ちょっとしたブームになっていて、訪れる人も増えてきたようです。

      伊豆の人間は、どこに旅行へ行っても、すぐに伊豆と比べて、
      これだったら伊豆の方が良いと、必ず言い出すので、
      扱いにくいと旅行会社の人が言ってましたw

      機会がありましたら、是非。

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