2017年3月2日木曜日

ウォーターライン製作記④ ~航空母艦「赤城」とミッドウェー海戦~ 遂に本気を出したのかハセガワ編

 ハセガワは、「飛行機のハセガワ」といわれるように航空機モデルに関しては、世界的に評価の高いメーカーです。僕も、記憶に残るところでは、子どもの頃にF-4FファントムとかB-24爆撃機を作ったことがありますけど、あれってハセガワだったのかなあって感じです。


 最近の話題モデルでは、マクロスの可変戦闘機「バルキリー」を出して結構売れたらしいです。バルキリーといえば、何と云ってもロボット変形の格好良さですが、バンダイのモデルと違って、ハセガワは変形しない戦闘機タイプの物だそうです。って、変形しないんだったら、ただのF-14トムキャットじゃないですか。まあ、だからハセガワが出したんでしょう。
 会社としてはバンダイの方がずっと大きいんでしょうけど、プライドの高さでは、ハセガワのようです。ハセガワにしてみれば、バンダイは子ども相手のおもちゃメーカーって絶対思ってると思います。                                                    
 ウォーターラインに関しての、ハセガワのイメージは、可も無く不可も無くってところでしょうか。ただ、最近のヤル気の無さはタミヤ同様、あるいはタミヤ以上で、全然リニューアルが進んでいませんでした。そんなハセガワが、突然、航空母艦「赤城」の新モデルを出したんですから。

 ハセガワのホームページからの引用です。

【第1航空艦隊旗艦 航空母艦 赤城の近代化改装後の姿を完全新金型でリニューアル!1/350赤城の開発時に検証された最新の考証と、最新の金型技術による精密な作り込み。設計は実艦の雰囲気を最大限リアルに再現しつつも、パーツ数を無闇に増やさないことに重点を置き、的確なパーツ分割と情報の取捨選択により組み立て易さと精密感を同時に実現した決定版!船体はサポートを挟み込み確実な組み立てと強度を確保。】

 まあ、凄い気合いですけど、言葉に嘘はありませんでしたよ。船体を左右に分割してサポートを挟み込むってのがハセガワのモデルの特徴のようですね。
 無闇にパーツを増やさないとか、的確なパーツ分割とか、完全にフジミを意識した発言に思えます。これを受けて、フジミが次にどう出るのか期待したいところです。

 「赤城」は、巡洋戦艦(といっても戦艦「長門」より巨大です)として建造されていましたが、ワシントン海軍軍縮条約によって戦艦の建造が制限されたため、航空母艦として完成しました。当時は、航空機も空母も開発実験段階、いろいろと試行錯誤されていた頃で、完成後の赤城も改造や改装を重ねたようです。

 航空機の発着艦の邪魔になるだろうと云うことで、煙突を側面に設置した結果、右舷後部の居住区は窓を開けることができなくなるなど、居住性は劣悪だったようで、赤痢や結核が蔓延するありさまだったそうです。
 それから、高射砲の位置が低いため左舷の砲は、右舷側に撃つことができなかったそうです。それでいて、空母なのに20cm砲を6門も持っています。飛行機の攻撃から守ることよりも、敵艦と撃ちあうことを想定しているんですよね。まあ、艦船自体の防空能力が低くても、直掩機に守らせればいいだろうと考えていたみたいです。
 戦艦の船体の上にそのまま格納庫を載せているので、甲板から飛行甲板までの厚みがすごいんですよね。構造的にもかなり複雑になっていたそうで、巨大な船体の割りには、搭載できる航空機数は、意外と少なかったようです。
 とにかく、改装に改装を重ねているので、船体も左右対称じゃありません。両舷で搭載している高射砲の型式が違っていますし、構造物も付け足し付け足しで、統一感が全くありません。ジブリ映画に出てきそうな感じです。ただ、このゴチャゴチャ感がプラモデルとしては良いんですよね。

 箱絵は、「加藤単駆郎」氏によるものです。単駆郎氏はハセガワのプラモデルの箱絵を多く手掛けている若手(?)のイラストレーターさんのようです。


 上手いですよね。海とか空とかすごくリアルで吸い込まれそうです。写真かと思いましたよ。で、何よりこのアングルですよ。空母のイラストなのに、飛行甲板が描かれてません。空母なのに飛行機を描かないなんて有り得ないでしょ。でも、「赤城」が一番格好良く見えるのが、このアングルなんですよね。よく分かってらっしゃる。一発でファンになってしまいました。

 というわけで、僕もこのアングルからの「赤城」に挑戦しました。ピンぼけが上手い具合にリアル感を醸し出していると自負しているのですが、いかがですかw


 映画「永遠の0」のメイキング動画です。


 いろいろとツッコミどころはあるようですけど、「赤城」を再現した映像としては、よくできていると思いますよ。僕もテレビでこの映画を見たときに、こんなにカッコ良かったんだって再認識させられましたから。      

 さて、現実世界での「赤城」ですが、第一航空艦隊・第一航空戦隊の旗艦として、真珠湾攻撃の主役となったことは、皆さんご存じのことと思います。赤城の航空隊には、教官レベルの優秀なパイロットが集められていて、練度は充分、技量もプライドも高かったようです。

 太平洋戦争開戦から半年後の1942年6月、ミッドウェー海戦で日本機動部隊は、正規空母4隻を喪失し大敗しました。そして、これ以降、日本軍の快進撃は止まり、長く緩やかな敗退の道を歩むことになります。

 この敗戦の原因については、暗号が解読され作戦が米軍に察知されていたこと、巡洋艦のカタパルトが故障して索敵機の発艦が遅れたこと、攻撃隊の発艦直前に攻撃を受けたことなど、戦略的な問題点から、運・不運的なことまで語られてきました。しかし、それらは結果論にすぎません。
 不運がこの戦いの大きな敗因であることは確かですが、アンラッキーなことは、米軍にも起きています。ということで、斜め視線でこの海戦を考えていきたいと思います。

 日本軍のプランは、まず、ミッドウェー島の航空基地を機動部隊の奇襲攻撃により制圧する。ハワイから駆けつけてくる米機動部隊を返り討ちにする。後続の戦艦及び陸上部隊がミッドウェー島を占領する。アメリカの戦意を喪失させて有利な条件で早期に停戦する。といったものでした。資源に乏しく、工業力も決定的に劣っている日本にとって、持久戦になれば勝ち目はありませんから、戦力が優位なうちに決着をつけてしまおうという、当然の戦略だと思います。

 しかし、日本には、大きな誤算が2つありました。1つは暗号が解読され、ミッドウェー島攻略が米軍にバレていたことです。米軍は、ミッドウェー島の守りを強化し、機動部隊を周辺に配置し待ち伏せをしていました。
 もう1つは、翔鶴・瑞鶴の第五航空戦隊が1ヶ月前に行われた珊瑚海海戦での損害が大きく、作戦に参加できなかったことです。

 珊瑚海海戦は、史上初の空母対空母の戦いでした。お互いがノーガードで攻撃しあい、痛み分けとなったこの海戦は、機動部隊への攻撃がいかにリスクを伴うものなのかを示していました。
 しかし、一航戦のパイロットたちは、「あれは五航戦が未熟だからで、俺たちは、あんなヘマはしない」と考えていました。
 開戦から半年間、日本の機動部隊は、勝利を重ねていました。空中戦の消耗比は「1:12」、魚雷の命中率は5割、急降下爆撃の命中率は80%を越えていたと云いますから、まさに神懸かった強さです。これで謙虚であれ、と云うほうが無理というものでしょう。

 しかし、ミッドウェー作戦は、島にある航空基地と米機動部隊の両方を対象にしたものでした。これでは、真珠湾攻撃よりも難しい作戦を真珠湾の3分の2の兵力で行わなければなりません。まあ、無敵の一・二航戦ならば何とかやってくれるだろうという考えで出したのであれば、慢心していたのは、パイロットではなく司令部の方かも知れません。

 空母「赤城」を中心とした日本機動部隊は、ミッドウェーを奇襲(のつもり)しましたが、基地の守備隊と航空兵力が予想以上に強力なのに戸惑います。
  
 ミッドウェー島の基地から発進したアメリカの航空機部隊は、攻撃機隊が日本機動部隊を目指し、戦闘機隊は日本の攻撃部隊を迎撃しました。しかし、この空中戦は日本側の圧勝に終わります。戦争初期の段階では、零戦の性能は、米戦闘機を圧倒していました。
 米軍の迎撃を退けた日本の攻撃部隊は、ミッドウェー島を空襲しますが、基地の機能を停止させるまでには至りませんでした。
 
 一方、戦闘機を日本の攻撃部隊の迎撃に回したため、日本機動部隊を目指した米攻撃部隊には、護衛機がついていませんでした。そのため、こちらも直掩の零戦に次々と撃墜されてしまいます。

 基地航空機の攻撃を退けた、日本機動部隊でしたが、アメリカ機動部隊が来襲していることに気づきます。日本軍は同時に2つの敵を相手にすることになりました。しかし、ミッドウェーを攻撃している最中に米機動部隊が来襲することは、ギリギリ想定の範囲内のことでした。そのために、攻撃機の半数に魚雷を装備して待機させていたからです。ところが、基地の空襲の効果が不十分であるという報告を受けて、待機させていた攻撃機の魚雷を陸上用の爆弾に交換していたのです。格納庫では、装備を魚雷に戻す作業に追われます。
 航空母艦では、ミッドウェー島と米機動部隊からの攻撃をかわしつつ、上空を守っている直掩戦闘機の補給と、米空母への攻撃準備と、ミッドウェーの空襲から帰ってきた攻撃部隊の収容という3つの作業を同時に進めることになりました。

 そして、一瞬のスキを突かれ、急降下爆撃機の攻撃を受けてしまいます。投下された爆弾は、飛行甲板を突き破り、格納庫内で爆発しました。格納庫には、燃料を満載した航空機と装填中の魚雷や取り外した爆弾が転がっていました。それらが次々と誘爆し、大火災を起こしてしまいました。

 最強を誇った日本機動部隊のあっけない最期でした。

 最終的に日本の空母を撃沈したのは、アメリカの機動部隊の攻撃機でしたから、ミッドウェー海戦は、日米の機動部隊同士の戦いというイメージがありますが、ミッドウェー島の基地航空機部隊が重要な役割を果たしていたことは、ご理解いただけると思います。

 歴史の教科書には、「日本軍は、ミッドウェー海戦の大敗により、空母と優秀な搭乗員を多数失い、戦争の主導権を失った。」と記述されています。

 確かに空母の損失比は、4対1。日本は正規空母を同時に4隻も失いました。しかし、「赤城」と「加賀」は、最初に書いたとおり、欠陥だらけの旧式艦で、新空母が完成すれば引退が決まっていたそうです。さらに、結果的に米空母を攻撃する前に撃沈してしまいましたので、航空機は全て失われましたが、パイロットの多くは無事でした。
 それに対して、アメリカ軍は、空母を撃沈したものの、航空機を多数撃墜され、パイロットの戦死者は、日本の二倍であったとされています。アメリカ軍にしてみれば、ミッドウェー海戦は、多数の犠牲を払いながら、ようやく得た勝利でした。

 太平洋における戦力は、以前、日本が有利な状態であったのにもかかわらず、この敗戦以降、日本海軍の作戦は、一気に消極的になりました。慢心は一転して自信喪失へと変わり、太平洋戦争は、短期決戦から持久戦へと変わっていったのです。

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